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 oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

最新の更新分が先頭に表示されます。 最終更新16年1月24日

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第三章 8

「師匠、ね……」
 エイミーは笑みを浮かべるとそのままアルスとカスケルを見つめた。
「そして彼ら二人は? 従者、って感じ?」
「従者といえば都合がいいのかもしれないけれどね。こいつはマリーの……」
 カスケルが何か面倒なことを言おうとしたので、アルスがそのままカスケルの首を絞めようとした。面倒なことを言わせると何が起こるかわからない、そう思ったのだろう。あるいはそれの経験者なのかもしれない。
 そこまで言われたところでエイミーもカスケルが何を言おうとしたのか察したらしく、
「ああ、そういうことね。……それにしても若いんじゃないか? まだ、見た感じ十五、六程度に見えるが……」
「これでも十八だよ。身長は、確かに高いほうじゃないけれどね」
 アルスの言葉にこれは失敬、と答えるエイミー。
 彼らの会話も一通り終わったところでエイミーは立ち上がり、三人を眺める。
「それにしても、助かったよ。改めて礼を言わないとね。ありがとう、えーと……」
「アルスだ。そしてこいつはカスケル、そしてシスターさんに回復魔術をかけたのはマリー」
「……そうか。ありがとう、アルス、カスケル、マリー。私の名前はエイミー。しがないシスターだ。今はいろいろあって旅をしている。なに、そんな悪い理由じゃない。むしろいい理由だ。世界を幸せにする、世界を平和にするための旅だ。難しいことかもしれないが、しかし遣り甲斐がある。まあ、だからこそこのような危険な場所に自ら進んで出向くこともあるのだがね……」
「エイミーさんも、海で消えた人々を助けようと?」
 こくり、とエイミーは頷いた。
 さらにエイミーは話を続ける。
「この町の人々はこの町だけで問題を完結させているようだが、そうではない。もしこの灯台に問題があるというのならば、この灯台を目指してあの町にやってくる人も消失に巻き込まれる可能性すらある。それが心配なんだ。私が懸念している事項なんだよ。だって、外からやってくる人はそれについて何も知らないわけだからね」
「成る程。確かにそれは考え付きませんでした……」
 そう言ってマリーはがっくりと肩を落とした。
「別にマリーが気にすることではないよ。でも、これは推測じゃなくてきっと現実に近づいていると思う。だって、そうじゃないか。この町は海産物が豊富だ。海産物やこの地方の名産を求めて港町にやってくる商人だって居てもおかしくはない。正直言って居ないほうが望ましいけれど、居る可能性があるとなると気になってしまうのがシスターの性ってものなのかもしれないね」
「それはちょっと違うかもしれないですけれど……、でも少し気になりますね。外からやってきた人が紛れ込んでいる可能性があるというのなら、この問題は厄介になってきそうですし」
 アルスの言葉に残った三人はうんうんと頷いた。
 エイミーはゆっくりと歩き始める。残りの三人もエイミーに着いていく形で歩き始めた。
「つまり、こういうことだ。灯台は少なくとも黒といってもいい。だって、色がおどろおどろしくなった……関連性が低いというほうがおかしな話だ。そうだろう? だったら何かあると考えたほうが正論だ。理路整然としている」
「しかし、ほんとうにそうなんですか?」
 まだカスケルは一人考えていた。
 アルスは溜息を吐いてカスケルのほうを向いた。
「だって、ここまで状況証拠が揃っている。調べないほうがおかしい。調べないと白黒つかないし。だったら調査したほうがいいだろ。そしてできればあの毒々しい色も消してしまいたいほどだけれど」
「でも松明の光なのよねえ……。松明の光であの色が出るかしら?」
「先ず有り得ない」
 マリーの言葉をエイミーは一刀両断した。
 エイミーは階段を昇っていく。アルス、カスケル、マリーもまたその後を追っていく。

第三章 7

 シスターである彼女がその魔術が何であるか知らないわけがなかった。
 回復魔術。
 シスターの中でも上位職しか使うことのできない神聖なる魔術。それをエイミーよりも若い彼女がいとも簡単に使用している。その事実に彼女は何も言えなかった。
 回復魔術を使用した傷の個所は、すっかりと治っていた。傷があった場所だ、と言われなければ解らないほどにまで回復したのである。
「やっぱり回復魔術というのはすごいのね……」
「そんなにすごいものじゃありませんよ? 治せないものだって、あります」
 マリーの意味深長な発言を聞いて訝しんだ彼女だったが、まずは傷を治してくれたことを感謝せねばなるまいと思い小さく頭を下げた。
「ありがとう、回復魔術をかけてもらって。しかも見ず知らずの人間に……」
「いいんです。困ったときは、お互いさまです」
 彼女の言葉にコクリと頷くと、ちょうどアルスとカスケルがマリーのところに近づいてきたところだった。
「マリー、倒したよ。それにしても弱かったな、あの魔獣。あっという間に倒しちまったよ。こけおどし、とはこのことを言うのかな」
「そうかもしれないわね。……それにしても早くない? 八百長でもしなかったでしょうね」
「言葉の通じない魔獣とどうやって八百長すればいいんだよ。むしろやり方を伝授してほしいくらいだ」
 カスケルは軽口をたたくと、そうね、とただ一言呟いてマリーは改めてエイミーのほうを向いた。
「……それにしても、シスターさん強いんですね。私たちが来る前に、一人で立ち向かっていたのでしょう? やっぱり大人のシスターというのは違うんですね」
「大人のシスターが強いかといわれるとそうでもないわよ。現に、あなただってそうじゃない。回復魔術を使えるシスターは上位じゃないといないと聞いたけれど?」
 半分鎌をかけるつもりで彼女は言った。
 マリーは照れ臭そうに微笑みながら、
「そう言ってくれると嬉しいです。私はずっと魔術を教えてくれる師匠みたいな人がいたから……」
「師匠? しかし魔術は生まれ持ったスキルで決まるものだと聞いたが。生まれて魔術を使えない人間はたとえどんな修行を積んでも魔術を使えることはない。それは神が魔術を使う機構を組み込み忘れたからだ、と言うくらいに」
「……どうでしょうね? 迷信ともいわれていますし、真実ともいわれています。それのどちらが正しいのかはあなた自身で確かめるしか方法がないのかもしれません。もちろん、私だって生まれ持って魔術は使えました。けれど、それを使う道筋が無かったのですよ。聞いたことがあるでしょう? 有り余る才能を持った持ち主というのは、時に暴走する……って。自分で才能がある、というのも変な話になりますけれど、でも実際そうでした。私は、才能を持っていたんです。でも、それで自滅しそうになった。そのときに助けてくれたのが、師匠。私に、魔術の才能を持っていた私に、魔術の使い方を教えてくれた師匠」

第三章 6

 錫杖を使って打撃を与えているが、それがほんとうに喰らっているのか微妙だ。いや、きっとこの攻撃は魔獣にはちゃんとしたダメージが与えられていない。与えられているわけがない。なぜなら顔色一つ変えずにそのまま何倍にもあたるダメージをエイミーに返しているのだから。
 はっきり言って、このままでは身体が持たない。次の一撃を、考えねば――。
「おおい、そこのシスターさん! 大丈夫か!」
 再び、声が聞こえる。
 その声を聴いて彼女はあたりを見渡した。彼女が戦い始めたころはこのあたりに人などいなかったはずである。ということはこの塔を登ってきた人間ということになる。その人間が、この状況を見てなお、助けようとしている? それはエイミーにとってあり得ないことだった。そんなことあり得ない、何かの幻聴だ、と。
「おい、おいってば! 大丈夫かよ!」
 だが、幻聴ではなかった。
 声は、確かに聞こえる。
 声は確かに――彼女の耳に届いている!
 そしてついに彼女は、その声の主を捉えた。
 そこに立っていたのは二人の少年と一人の少女だった。少女はエイミーと同じように修道着を身に着けている。
「あなたたちは……?」
「下がって! ひとまず、俺たちが何とかする!」
 そう言ってカスケルはそのまま跳躍した。
 その高さは魔獣の頭ほど――すなわち、この塔の天井まで。
「うおおおおおおおお!」
 そしてカスケルはそのまま頭に、構えていた剣を突き刺した。
 咆哮にも似た雄叫びをあげる魔獣。
 だが、それを聞いてもなお攻撃の手を緩めることはない。
「行け、アルス!」
「合点承知!」
 アルスはそう言ってぼそぼそと何かを呟く。
 シスターであるエイミーはそれがすぐに呪文――魔術を行使する上での重要なピースであると気づいた。
 魔術を使うには様々な制約がある。魔力が一番満ちるのは満月の夜だとか、逆に新月では魔力が満たされないから魔術が使えないとか、そういう感じだ。
 もちろん呪文に関しても様々なルールがあり、それを教えた流派によっては何十もの細かなルールが制定されているという。
 魔術を唱え終えたアルスは、そのまま祈りのように構えていた両手を前に突き出した。
 刹那、魔獣の頭上に雷が落下した。
 普通ならば魔獣に買いなりは効果が薄いのかもしれない。
 しかし、カスケルが作った突破口――その傷は肌を切る程度だったかもしれないが、通常の攻撃を当てるよりもバリアが薄い場所であることは確かだった。
 魔獣は先ほどよりも大きな咆哮をあげる。それは魔獣が苦しんでいることを意味していた。
「すごい……」
 自分があれほど手古摺った相手を、いとも簡単に倒してしまった三人の少年少女。
 彼らはいったい何者だというのか。
「ただの冒険者ですよ、あなたと同じ」
 まるで彼女の心を読んだかのような発言をされてエイミーははっと我に返った。
 するとマリーがエイミーの腕――ちょうどかすり傷をしたところだ――に触れていた。
 そして触れると同時にその傷の場所が、淡い緑色の光に包まれる。

第三章 5

 エイミー・ヒルンデットはシスターである。
 流離のシスターである。だが、彼女が旅をしている理由は彼女以外に知る由もない。知る必要もないからだ。知る必要がないのなら、あえて知ることもない。そういうやり方で彼女はずっと生きてきた。彼女はずっと旅をし続けてきた。
 旅をし続けてきたからこそ、知ることのできた知識だって多い。
 けれどその知識のほとんどが、彼女の旅を終えるにふさわしい知識であったかといわれると、そうではない。むしろ。彼女の旅をここまで長く続けさせることになった一因ともいえるだろう。
 一因、というよりも要因。
 シスター・エイミーが望んでいたのは、ただ一つ。
 世界の平和だった。
 世界を救うことだった。
 そんな大層なことを思うシスターなんてこの世界にいたのか――というツッコミがきっと聖職者の中から見えてくるかもしれないが、まさしくその通りだった。シスター・エイミーはほかの聖職者から見てすれば異端であり、異様であった。
 だからこそ、というわけではないが、彼女に興味を抱く人間だって現れた。それは彼女にとって有益な情報ばかり齎すかといえばそうでもなかった。むしろ無益な情報ばかりが彼女のもとに集まってくる。だから彼女は相手から一切の興味を持たれないようにした。相手が興味を持ってくるのならば、それを絶つようにすればいい――そういう逆転の発想が、今の彼女を構成しているといってもいい。斯くして、シスター・エイミーは孤独を演じ続けてきた。孤独のまま、この塔まで登り詰めてきた。それはすべて、世界の平和のため。世界を救うためのこと。世界を救うということは、人々の悩みを消し去るということに等しい。だからこそ彼女は人々の悩みを消していこうと努力してきた。そして、現に人々の悩みを消してきた。消すことで感謝もされた。供物を戴いたこともあった。けれどその場に滞在することはなく、流浪の旅をつづけた。
 一つの地に留まり続けることで情を覚え、本来の目的を忘れてしまうと思ったからだ。
 それがエイミーにとって怖かった。
 それがエイミーにとって恐怖だった。
 それがエイミーにとっての償いだった。
 いったいそれが誰に対する償いなのかは、彼女にしか解らない。解るはずもない。分かり合えるはずもない。理解しようと思えるわけがない。
 だって彼女がそれを語ることが無いのだから。彼女はずっとそれを閉じ込め続けている。永遠の迷路の中に、塞ぎ込んでいる。
 それを誰かが知ることになるということは――それは彼女の中で何かが変わった、ということになるのだろう。
「ちょっと、そこの人!」
 シスター・エイミーはそこで我に返った。いま彼女が闘っているのは巨大な魔獣、今までに見たことのない巨大な魔獣だった。魔術こそ使ってこないがパワータイプと見える。一撃一撃が鈍く、そして重い。踏ん張っていないとそのまま塔の外まで吹き飛ばされそうな勢いだった。
 だからこそ、彼女はその場に耐えるため魔術を使っていた。自らを守るための盾。空気を圧縮することで生み出される、一番簡単で一番強力な盾。
 しかしながらその盾があってもなお、魔獣の攻撃を完全に防ぎきるわけではない。むしろそのダメージが軽減できるのはわずかであり、それによって何とか塔の外に吹き飛ばされることを防いでいることくらいだ。

第三章 4

 灯台の中は魔獣で溢れていた。かつて人間が住んでいたと思われる居住スペースは何とか魔獣が入ってきていなかったので休憩することが出来たが、それ以外は完全に全滅である。魔獣が区画を占有し、歩くだけで魔獣にぶつかる。魔獣を倒すだけで幾つか魔法を使うことになるので魔力が減る。魔力の回復薬も持っていないことはないが、数はそう多くないので出来ることならばセーブしておきたいのが現状だった。
 灯台のフロアは外から見た限りでは八フロアあると思われる。しかし一フロアずつ見ただけでも魔獣の数が外やほかのダンジョンを見る限りでも量が多く、倒すだけでも一苦労である。
「倒すだけじゃやっていられない。少しは逃げて、何とか魔力と体力を温存しよう」
 アルスの言葉にすぐに従ったカスケルとマリーは、時には魔獣をやり過ごして何とか四フロア目まで到達した。だが、四フロアではフロアの中心に巨大な魔獣が立っていた。その大きさはアルスたちよりも何倍も大きい。フロアの天井に頭をつけているところを見ると、ずっとここにいたのだろうか。あるいはここを根城にしていたのかもしれない。
 そして、そのフロアの中心には、一人のシスターが立っていた。
 シスターは錫杖を持っていた。それを振り回して魔獣にぶつけていく。それだけではなく、何度か魔術を行使して魔獣と対面している。だが、それでも魔獣は倒れない。魔獣は全然効いている素振りを見せない。
「……不味いな、あのシスター。かなり逆境に立たされているようだぞ」
「そりゃ見ていれば解るよ、それくらい。だから俺たちも向かったほうがいいな」
「でもそんな簡単に決めていいの? 正直、そう簡単に倒せるとは思えないのだけれど」
「倒せるか倒せないかじゃない。……今救わなかったら後悔する。きっと後悔する。だったら後悔しないで行動したほうがいい」
 そう言ってアルスは駆け出した。
 そういうアルスの性格を知っていたからこそ、そうなるだろうと予測していた彼女たちは小さく溜息を吐いた。
「……ま、どうせ予想はできたけれど、そこまですることはないと思うんだよな、ほんと」
 カスケルの言葉にマリーは思いっきり彼の背中を叩いてやった。
「な、何するんだよ!」
「何するんだよ、じゃないわよ。あんた、いつもそんなことを言ってさ。アルスはそういう性格だからいいんだって、知らないの? そりゃ、そういう性格だからこそ振り回されてしまうことだってあるけれどさ。それでも私たちは私たちで彼の性格を理解している。だからアルスと一緒に旅をしている。そうでしょう?」
 カスケルは背中を抑えながら、小さく呟く。
「……確かにそうかもしれないけどさ」
 カスケルの言葉に微笑むマリー。彼女はカスケルがそういう感じの言葉を返すと思っていたのだ。解っていたのだ。だから、そういう言葉を彼に投げかけた、ということになる。間違っているようで、実は割と考えている――ということだろうか。
 マリーはカスケルに手を差し伸べる。
「さ、行きましょう。アルスだけだと何をしでかすか解ったものじゃないわ。それこそ勝手に死なれても困るしね」
 カスケルは笑みを浮かべると、マリーの手を握った。
 それもそうだな、と言って彼はマリーとともにアルスのほうへと向かった。

第三章 3



 アルスたちは町長から言われた場所へと足を運んでいた。
 そこにあったのは小さな灯台だった。夜の海を照らすそれは船乗りにとって生命線といっても過言ではない。
 しかしながら町長曰くその灯台が放つ光は、かつてのそれに比べて随分と毒々しいものになってしまったらしい。当たり前だが彼らはかつてのそれを知らない。だから普通ならば違いが解らないのではないか、そう思っていた。
「……アルス、さっきの言葉前言撤回するわ。有り得ないよ、こんな毒々しい光」
 灯台の前に立って、カスケルはそう言った。
 なぜ彼がそんなことを言ったのか。それはその灯台から放たれている光のそれを見れば誰しも納得することだったかもしれない。
 灯台が照らすのは確かに海だった。だからその明かりは煌々と白い明かりになっているはずだった。
 だが、違う。
 その灯台の光は紫色だった。毒々しい紫色の光が、海面を怪しく照らしていたのだった。
「……何なんだよ、これ」
 アルスも思わず呟いていた。
 その灯台の、明らかな異物感に。
「こんな灯台、見たこと無いわ……。灯台というのはもっと神聖で海を照らす……船乗りたちの道標となるものだと聞いていたのに……。これじゃ、まるで」
 これではまるで、魔界へと通ずる門のようだった。
 彼女はそう言おうとしたが、今はそんな冗談を言えるような状況でもない。冗談が冗談ではなくなってしまうような、そんな状況だと彼女は直ぐに察知したためだ。
「なんというか、誰がどう見ても『間違っている』といえることだけは確かだな……」
 カスケルの言葉にアルスは小さく頷いた。
 この状況は、誰がどう見ても間違っている。
 普通の灯台とは違う、なんらかの要因によって引き起こされたものだと。
「……狂っている、狂っているわよ。この場所は。だっておかしいじゃない! こんなところが、こんな場所があったなんて」
「さあ、行こう。マリー、カスケル。助けを求めている人が待っている。助けないとならない。そしてこの街も、シスターも。助けられるものは全て助ける。当てのない旅だからこそ、僕たちが助けに行くんだよ」
「……ほんと、模範的にお前らしい回答だよ、アルス」
「ええ、そうね」
 アルスの言葉にカスケルとマリーは小さく溜息を吐いて答えた。
「何か間違ったことでも言ったか?」
 アルスの問いに首を横に振るマリー。彼女は笑みを浮かべて、彼の顔を見つめた。
「いいえ、何も変わっちゃいないわ。あなたはあなたのまま。そのまま行ってくれると、とても助かるの」
「……そうか? まあ、いいや。とにかく向かうとしよう。灯台の中へ」
 そして彼ら三人は灯台の中へと足を踏み入れた。

第三章 2

 町長の家に入ると、直ぐに顎髭を蓄えた白髪混じりの男が出迎えてくれた。
「私がこのグランベルの町長です。よくここまで来てくださった。遠かったのではないだろうか?」
「いや、まあ……。そうですね、リスカンク村からでしたので……そう遠く感じなかったかもしれないですね」
 アルスはそう丁寧に答えた。
 町長はそうですか、と若干オーバーなリアクションを取り、
「でもリスカンクからここに来たとなると、やはり海を渡るのが目的かな?」
「そうですね。一応、パーヘルト家の方から船も戴いたので……」
「パーヘルト家の方からは、船を……? 旅人よ、それはほんとうか?」
 その言葉にアルスは頷くと、町長は大きく溜息を吐いた。
「君たちにならば、お願いすることが出来るかもしれない。我々が、そしてこの街が抱えている一つの問題を……」
「人が消える、ということですか……?」
 それを聞いた町長は目を丸くする。
「もう、知っていましたか……」
「親切な町娘が教えてくれましたよ。なんでも、錫杖を持ったシスターが一人でその謎を解き明かしに行ったとか」
「そこまで知っているのですか。これは想定外でした。……しかし、逆にそれは話が早い。そのシスターを助けてはいただけないでしょうか?」
「シスターを助ける……。町長、それはあなたにとって何の関係もない人間を救うということになるが?」
 決して冷酷な人間だというわけではない。それはあくまでも気になったことである。実際にはそんなことを言わないはずだと彼は思ったためである。
「……何の見返りも求めずに、この街を救おうとしている彼女に我々は何か手助けをしてやりたい。だが、戦闘力をほとんど持たない我々にとってそれは不可能だ。だが、あなたたちなら……。冒険者である、旅人であるあなたたちならそれも可能ではないだろうか?」
「それは……」
 アルスは何も言えなかった。
 町長に頼まれているということ。町長がお願いしているということ。
 きっとそれを断ってしまうと、罪悪感が支配することになるだろう。そう思った彼は、仕方なしではあるが、小さくそれに頷いて了承した。

第三章 1




 港町グランベル。
 この街はパーヘルト家が昔から懇意にしている街である。
 それを抜きにしても昔から港町として有名であり、様々なものが世界中からやってくる場所だった。
 しかしながらそれも一ヶ月前までのこと。
 今はそんなことが消え去ったかのような辛気臭いオーラしか街を満たしていない。
「……これがほんとうにあのグランベルなのか? 俺の聞いたグランベルはとても活気にあふれている街だったと聞いているのだけれど」
「それは私もそうだと思う。でも、何でだろう。今は……そんなことよりも大きな禍々しい気しか無いというか……」
 アルスたちはそんな港町グランベルへとやってきた。グランベルは港町であり、その通り大きな港が高台の上から見ることができる。街のはずれには灯台があり夜の海を照らしている、ということだ。
 普通、港町というのは様々な大陸から人やものがやってくることもあり活気にあふれているというのが常だ。だからそういうものを彼らは想像していたのだが、その想像は街に入った瞬間に打ち砕かれてしまう。
「……まさかこんな辛気臭い街だったとは知らなかったな。やはり、百聞は一見に如かずってことなのか?」
「旅のお方、それは間違いです」
 そう言ったのは、噴水に立っていたフードを被った町娘だった。
 町娘は話を続ける。
「この街は、きっとあなたたちが思っているような港町でした。ですが、それが変わってしまったのは一ヶ月前のことです。ある船が、グランベルの港にやってきました。ですが、その船には誰も乗っていませんでした。最初はただの偶然かと思っていましたが、その船がどんどん増えてきて皆気味悪がりました。この街から出て行った船も、無人で戻ってきました。船に乗っていた人間はどこに消えてしまったのか……。それこそ解らないですが、もしかしたら異界に連れ去られてしまったのでは無いかとも言われていますけれど」
「……消えてしまったのか? 人が?」
 アルスは町娘の言葉を反芻する。
 町娘は頷いて、さらに話を続ける。
「それにしても珍しいですね、こんな時に旅人がやってくるなんて。正直な話を言えば、その噂が流れてからめっきり人が減ってしまったのよ。……あ、でもつい数日前に錫杖を持ったシスターさんがやってきたっけ。珍しいよね、シスターさん、旅をして傷ついた人を助けながら賢者になる旅をしている、って言っていたわよ。私がその話をすると町長の家に向かっていったような気がしたけれど」
「なあ、アルス。ちょっと気にならないか? そのシスター。もしかしたらその事件を解決しようとしているのかもしれないぞ」
「それ、俺たちが解決する必要あるのか?」
「何を言っているんだ、アルス。俺たちは船を手に入れたんだぞ。海については不安を解消しておいたほうがいい」
 カスケルの話にアルスは考える。たしかにこれから船を利用しようと考えた時に、海について不安を解消しておいたほうがいい。
 それを考えるとカスケルの話は尤もだった。だから彼は町娘に頭を下げて、高台の下にある、ちょうど街の中心にあるという町長の家へと向かった。

第二章 19

「夕日か。そいつは至極ロマンティックな気分になるな。是非上手いタイミングでそこに到達したいものだぜ」
 カスケルの言葉に、マリーは笑みを浮かべる。
「あら、あなたに夕日の美しさが解る心を持ち合わせていたとはね。もっと非道で冷酷で冗談が通用しない、そんな心だと思っていたわよ」
「人を変な人間だと分析しないでくれないか……? しかもまったく違うし! かすりすらしてねえぞ、その分析!」
「あら? この素晴らしい分析のどこが的外れですって? そんなことあるわけないじゃない」
 まあまあ、と窘めるリナ。
「取り敢えず仲がいいのですね、皆さん。何だか見ていて楽しいですよ。……また皆さんがこの近くに来た時には、ぜひリスカンクにも立ち寄ってくださいね。またお持て成しして差し上げます」


 ◇◇◇


 リスカンク村を離れ、上り坂の道を歩むアルスたち。
「……それにしても、ほんとうにいい人だったな、リナさんは」
「何がリナさん、よ! あなた、何か大切なことを忘れていない?」
「……あ」
 リナに言われ、漸く自分が何をしていないか思い出したアルス。
 そう、と追い討ちをかけるようにマリーは話を続けた。
「アルス、あなた天空城と『あれ』についてまったく質問していないのよ! 私たちが何のためにほとんど当てのない旅をしているのか、解っているんでしょうね!?」
「そ、それくらい解っているよ……。あの、ほら、あれだ。船をもらったからな。さすがにそれ以上のことを言うことは出来なかったよ」
「……その優しさはほんとうにあなたらしいというか、何というか」
 マリーはそう言って小さく溜息を吐いた。
 カスケルはマリーの表情を見て、彼女の肩を抱き寄せる。
「ほんとうあいつは変わったやつだよな。どうだい? たまには俺と一緒に行動してみる、というのは?」
「遠慮しておくわ。私はもうそういうことを色々と言っている立場ではないの」
「あう」
 カスケルはマリーに簡単に流されたので、少し傷ついたのか、俯いた表情で言った。
 マリーはそこで何かを見つけたようで、駆け出した。
 マリーはある程度走ったところで立ち止まる。そこで何かが確信に変わったようで、踵を返してこう言った。
「海よ、海が見えるわ!」
 その笑顔を見て、彼らも走り出す。
 そして、彼らはその光景をーー目の当たりにした。
 彼らの視界には、どこまでも広がる蒼。
 彼らの初めて見た『海』という光景。それを見た彼らは、その光景の美しさに、ただ見惚れていた。
「海って、こんなに綺麗なんだな……」
「そうね……。私も今まで本の中でしか見たことが無かったから気になっていたのだけれど……、まさかこんなに美しいものだったなんて……」
 マリーにアルスはそれぞれ海に対する感想を述べた。
 カスケルはあまりそういうものを口に出さないのか、ただ海を見つめているだけだった。
 だが、ずっと海を見つめているわけにもいかない。
 アルスはそう思い浮かべると、よし、とだけ言った。
「さあ、次の街へ行こう。どうせ海岸沿いに道は続くから、ずっと海は見ていられる。けれど当てのない旅はこのままゆっくりしていたら、いつまで経っても終わらない。だから、行こう」
「そうだな」
「そうね、行きましょう」
 アルスの言葉に従うように、二人は頷いた。
 そして、三人は次の目的地、港町グランベルへと向かうのだった。

第二章 終

第三章に続く。

第二章 18

「ええ、もちろん。そうでなかったらこのようなことは致しません。凡て、私の意志によるものです」
「そんなこと……。やっぱりダメだ。だってそれって、リナさんの先祖に対してどうなんだ?」
「先祖の思いは昔から変わりません。いつの時代でも、『世界の果てへ行くこと』。……ですが、私の代になり商人になった今ではそんなことが出来るわけもありません。ですから、結果として未来に託すしかない。そう思ったのです」
「未来に託す……そしてその未来が俺たち、ということなのか?」
 こくり、と頷くリナ。その表情は厳しく、真っ直ぐとアルスたちを見つめていた。
 静寂が食堂を包み込んだ。しかし、今の状況としては大変宜しくない。何故なら今は食事中だからだ。食事中くらい楽しい会話を紡ぎたいというものである。
「ねぇ、お母様」
 静寂を破ったのはアルスの前に腰掛ける一人の少女だった。
 少女はリナに微笑みかけると、話を続けた。
「どうして悲しい顔をしているの? どうして食事中なのに、こんなにみんな悲しいの? 食事はもっと、楽しいものでなくちゃ! ね、お兄ちゃん!」
 突然、少女はアルスの方を向いてそう言ったので、彼は少しだけ躊躇ってしまったが、だが、それでも彼は頷いた。
 それを聞いて、彼女は少女の方を向いた。
「メイ。あなたの言いたいことは痛いほど解る。けれど、そうじゃないの。そうじゃないのよ。あなたの生きる未来に、あなたがこれから生きる世界に、希望が欲しい。私はそう願った。だから、私は大事な話をしているのよ」
「あなたなりに考えている……ということか。そしてその結論があなたの血を引き継ぐ新しい命……」
 アルスの言葉にリナは頷いた。その表情は誰よりも悲しく、誰よりも優しく、誰よりも輝いていた。
 鍵を受け取った彼は、そのままそれをポケットに仕舞い込んだ。
 彼女の意志を。
 彼女の願いを引き継ぐ思いを、はっきりと彼女に見せるためだ。
「ありがとう、旅人。最後にあなたたちの名前を……教えてもらえないかしら?」
「……きっと順番が違う気がするが、別にそんな細かいことを気にする必要も無いか。僕の名前はアルスだ」
「俺はカスケル」
「私はマリーよ」
 それぞれの名前を聞いて、リナは何度も頷いた。彼らに感謝してもしつくせない。そういう思いが彼女の根幹にあった。
 だから彼女はただ、何度もありがとうという言葉を口にするばかりだった。


 ◇◇◇


 食事を終えて少し休憩した彼らは、ご丁寧にグランベルの場所まで教えてもらうことになった。
 彼らが持つ古い地図に迷うことなく円をつけたリナは、アルスの方を向いて、
「この場所がグランベルです。リスカンクからはそう遠くないと思います。そしてそこまで繋がる道の半分以上が海岸沿いなので……時間帯が合えば海に沈む夕日を見ることだって出来ますよ」

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