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 oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

最新の更新分が先頭に表示されます。 最終更新16年1月24日

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第四章 13

 ケイは財布をもって走っていた。財布を盗まれてはならないと思っていた。そもそもその財布はアルスたちのもので、あのシスターはただそれを奪い返しに来ただけなのだが、盗んでしまえば自分のモノであるという考えのもと行動しているケイにとってそんなことは関係なかった。
「まさかこうも早くやってくるとは……!」
 ケイは予想外の行動に少しだけあわてていた。普段はこうも早く冒険者がここまで来ることは無かった。そもそもあの場所がこの港町の深淵に近いところであり、町の抱える闇の一つだったからだ。
 この町はメルフェ大聖堂のおひざ元にありながらも、家を失った人が、貧窮した人間が多い町となっている。
 それに対する対応が遅れてしまっていることも事実だが、それが世界的に発表されていないことが問題だ。
 聖霊教会はそれほど世界的に地位を得てしまった。聖霊教会を叩くよりも、聖霊教会を敬ったほうが金になると世界の権力者たちは気づいてしまったのだ。
 だから聖霊教会がそれに関する諸問題を解決しなくなったとしても、それについて指摘する人間はいない。
「……どうしてこんなことになっちまうんだよ……!」
 少年は聖霊教会に保護されるべき存在だった。そもそも教会というのはもともと家なき子を保護して家と仕事を与える役目を担っていた。数年前の聖霊教会も、そしてかつて聖霊教会と比肩していたもう一つの宗教もそれを実施していた。
 しかし数年前、すべてが変わった。
 聖霊教会の急激な勢力拡大と、それに伴うもう一つの宗教の勢力縮小。
 それによって教会は権力者に媚びを売るだけの組織となり得てしまった。しかし一般市民にとってはそんなことどうでもよかった。なぜなら教会は一般市民にとっては今まで通り接しているのだから。
 対応が変わったのは今まで保護していた家なき子だった。
 お金がかかるとの簡単な理由で、今まで保護していた行為を突然終了した。現状保護していた子供たちは十二歳になるまで保護し、十二歳以上の子供については一定期間の猶予を与えそのまま外へ出した。
 しかしながら、外に出した子供はまだ常識を学べてもいないし十分なお金を持っていない。
 そんな子供たちが外に出てまともな暮らしができるだろうか?
 答えはノー、だ。
 手に職もつけていなければ学も中途半端に終えてしまっている子供たちに、明るい未来など与えられるはずがない。そもそもその明るい未来を子供たちに平等に与えるための機関として教会が存在していたのだから。
 教会がその役目を終えてしまえば、子供たちはその代替品が無ければ明るい未来など閉ざされたといっても過言ではない。
 最初期はそれについて世界で批判している国家や団体、個人があった。けれど、聖霊教会をバッシングすることで得られる利益よりも損益のほうが大きいと判断した国家や団体あるいは個人は考えを一転。すぐに聖霊教会を庇護する立場へと回ったのだった。

第四章 12

 シスターは錫杖を持っていた。構えていた。完全に臨戦態勢だ。
 それを見た彼らは――即座に思った。逃げろ、と。自らの理性がそう訴えかけていた。生存本能が、そう訴えていた。
 そして彼らは散り散りになって――走っていった。

 ◇◇◇

「……申し訳ない。まさか子供がここまで素早いとは思わなかった……」
 エイミーはアルスに小さく頭を下げた。
「エイミーは悪くないよ。悪いのは子供たちだ。……とはいえ、子供たちもきっと事情があってのことなのだろうけれど……」
「何言っているのよ、アルス。仮に子供たちに事情があるにせよ、勝手に人のお金を盗むことは悪いことよ。それをしっかりと教えてあげないと。だって、いくら入っていたのよ。あの財布には?」
「……たぶん、ざっと一万ルクスほど……」
「一万ルクス!? あんた、それってこのあたりだとけっこう装備が充実出来てさらにおつりがくるレベルよ!? それに昨日泊まった宿屋だって一人五ルクスだったことを考えても、一万ルクスなんて大金を……」
「それは申し訳ないと思っているよ! けれどな……まさか腰巻きにあったやつをそのまま盗まれるとは思わなかったんだよ!」
「はい、そこの二人喧嘩しない」
 アルスとマリーの喧嘩を中和するようにカスケルは言った。
「しかしねえ……一万ルクスもの大金を盗まれたのよ!? これで落ち着くことなんてできやしないわよ!」
「解るよ、マリーの怒る気持ちも解る。だが、そうであるからこそ冷静にならないと。何も解決しないし何も始まらないぞ?」
「でもねえ!」
「とにかく、今回のことは僕の責任だ。僕が責任をもって、取り返すよ。財布を」
「どうやって探す? きっとあの子供たちはここの生まれだろう。生まれ出なかったにせよ、長い時間この町で過ごしたはずだ。そうじゃないとああいう風に盗賊稼業なんて出来ないだろうからな。それを考えるとこっちは土地勘が一切ないのに捕まえることなんてほぼ不可能なんじゃ……」
「何とかするしかないだろ。まずは彼らが逃げていった方角へ向かうことにしよう。この町から出ることはないだろうから、そう遠くには行っていないはずだ。なに、難しい問題じゃない。急いで捕まえないと、あのお金が全額返ってくるとは思えないからな」
 そしてアルスは歩き出す。
 それを見てマリーは小さく溜息を吐きながらも、その後を追った。
「いいんですかね、あれで?」
 エヴァは訊ねるが、カスケルは首を横に振った。
「そんなこと、今解るわけないだろ。とにかく『なるようになる』と思うしかない。あとは神のみぞ知る、ってやつだ」
 そしてカスケルとエヴァ、エイミーもその後を追った。

第四章 11

 港はメルフェ大聖堂の城下町という役割がある。そのため外から魔獣が来ないように防壁がされているのである。防壁となっている場所はそこ自体が見張り台となっている。かつては宿屋を作る計画があったが、大聖堂にある宿屋をそのまま使う案が了承されたため、中身だけ作っただけとなっており、そこには家をなくした人間が住むスラム街となっていたのだった。
 その一角にて、少年少女たちは会話をしていた。
「俺が手に入れたのはこれだ」
 少年の一人が袋をメンバーに差し出した。円形に座っている少年少女たちはそれを見てすぐにそれが何であるかを理解する。
「これって、財布だよな?」
「そうそう、財布。それも冒険者の財布だぜ。いっぱい入っているに決まっているよ。だってこの重量だ」
 そう言って少年はほかのメンバーにその財布を渡していく。
 それぞれは財布をもってその重量に感動すら覚えていた。
「この重量からすると一万ルクスくらいかしら? 一年分くらいは食べられる計算?」
「まあ、それくらいかな。とにかくあとはこれを盗まれないようにしないと……。一万ルクスなんて大金、持っているなんてわかったら冒険者なんて血眼になってこれを奪おうとするだろうし」
「冒険者はどうせこの一万ルクスを衣服や武器に使うのでしょう? だったら私たちの食費になったほうが断然いいはずよ。だってそれで恵まれない子供たちが四人、一年間暮らせるんですから!」
 それぞれはそれぞれの意見を述べる。
 最後に、リーダー格の少年は言った。
「さて、これで俺たちは暮らせる。さっそく食事をしに行かないか? はっきり言って俺たちはおなかがペコペコだ」
「あと、風呂に入りたいな! 公衆浴場に行こうぜ、ケイ!」
「私はこの服を買い替えたい……」
「私はみんなに合わせるよ。だから、風呂に入るのも食事をするのも服を買うのも、なんだっていいよ」
「よし。みんな意見がまとまっていないが……ヘンリーの風呂に入る意見は賛成だな。まずは身体を綺麗にしたほうがいいだろ。不審がられるのも困るしな。よし、それじゃ出発――」
 ケイがそう言った――そのとき、彼は背後に殺気を感じた。
「ケイ、後ろ!!」
 それを聞いてケイは走り出す。
 背後に立っていたのは一人のシスターだった。
 シスターは笑みを浮かべていた。しかし目は笑っておらず、不気味な表情を作り出していた。
「まさか……!」
 ケイはすぐにそのシスターが何者であるかを理解した。
 彼が盗んだ、財布の本来の持ち主。
 それが取り返しに来たのだ。財布を。
「……ねえ、知っているかな。財布を盗まれてしまったようなのだけれど、あなたたち知らない? 噂によると少年少女の四人組がよく盗みを働いているらしくてそいつらに盗まれたんじゃないか、って話もあるのだけれど」

第四章 10

 エヴァはそれを知っているのか解らなかった。そもそも彼女は冒険者じゃなくて、令嬢という立ち位置にある。世間的に分類するならば『貴族』に分類される。その貴族が冒険者のルールを知るはずがない。
「……エヴァ、前も行ったかもしれないが、町を歩くときは地図を見ないほうがいいぞ。いくら僕の後ろに歩いているからといってぶつからないとは限らないのだから。ぶつかるかもしれないということを考えると、地図を見ないで歩いたほうが理想だと思うのだけれど?」
「そうだけれど、やっぱり地図を見ないと解らなくて……」
「別に地図を見る必要はない。探し物はあるとはいえ、急ぐ旅でも無いからな」
 そう言ったのはカスケルだった。
「先ずは武器をそろえるとするか。生憎路銀もあることだし……」
 そう言って彼は腰に携えていた袋を手に取ろうとした――が、彼の手は空を掴むばかりだった。
「あれ、あれ、あれれ? ……おいおい、ええっ?」
 腰以外にもポケットを探索する。しかし見つからない。改めて腰をぽんぽんとたたいても、そんなものは見つかるはずはなかった。
 恐ろしいほどだらだらと冷や汗をかいたアルスは、恐る恐るカスケルたちに重い口を開けた。
「……財布を落としたらしい…………」
 それを聞いたカスケルの顔も、徐々に顔面蒼白になっていくのだった。

 ◇◇◇

 先ずは状況整理をする必要がある。
「俺たちはどこを歩いた? そしていつの時間まで財布があることを確認している? ……それを確かめる必要があるぞ」
「財布は……この町に入った時まではあったよ。手で確認していたから。そして歩いたルートは……僕に質問しているカスケルが一番知っているんじゃないか?」
 確かにそれもそうだった。しかしアルスの発言が真実であるとするならば、この町で財布を落とした、あるいは盗まれたということになる。
「あんたたち、どうしたんだい?」
 アルスたちが腰掛けていたベンチの前には料理屋があった。料理屋、といっても店前でテイクアウトの料理を販売するお店なので中で食べることが出来るわけではない。
 そしてその料理屋の女性がアルスに声をかけたということだ。おそらくアルスの表情に疑問を感じたためだろう。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけれど……この町って、盗みを働く人っています?」
 質問したのはエイミーだった。
「盗賊、ってことかい? まあ、いないことはないけれど……。親を失った子供ばかりが集まった悪ガキ連中さ。まともに働くか、あるいは誰かの援助を素直に受ければいいのに、あいつらは盗みばかり働いている。もしかしたらあんたたちも、そいつらに盗まれたものがあるのかもしれないよ」
「それだ」
 カスケルはその言葉を聞いて一歩前に立つ。
「その悪ガキたちは、いつもどこを根城にしているか知っていますか?」
 普段より何倍か丁寧な口調で彼は訊ねた。

第四章 9



 次の日。
 メルフェ大聖堂に付属している宿屋から出てきたアルスは小さく伸びをした。
「今日もいい天気だなあ……」
 天気は晴天。旅をするならうってつけの天気と言えるだろう。
「さあ、今日は予定通り港のお店をめぐることにしよう。港に着いたときは夕方だったからなかなか見ることも出来なかったし……。どうせ装備を整えるなら近い場所で整えておいたほうがいいだろ」
「アルス、その意見には同意だ。しかし戻るってのはどうなんだろうか? ……いや、あの時否定意見を言わなかった俺も問題だが、急ぐ旅ではないとはいえ一度通った道を戻るのはどうかと思うんだよ」
「僕もそう思うけれど、先に町があると確信しても、実際にあるかどうかわからない。あっても距離がとても遠い場所かもしれない。それを考えるとまずは戻って装備と道具を整えてから進んでいったほうがいい。そう思わないか?」
「確かに。それはそうかもしれない。だが……戻ってからまた次の町へ向かうとなると……夜になってしまう可能性もあるのではないか?」
「でも装備を整えていけば安心して次の町へ行くことが出来る。それは確かだろう?」
 アルスとカスケルの口論は続く。別に『口論』という仰々しいものではなくて、意見と意見のつばぜり合いになっているわけであるのだが、そんなことは周りの人間から見れば口論でしか見えない。
「……解った」
 先に折れたのはカスケルだった。
 カスケルは小さく溜息を吐いて、アルスの肩を叩く。
「それじゃ、お前に任せるよ。お前の意見はずっと正しいからな。……別に嫌味でそう言っているつもりではないからな。念のため言っておくぞ。言っておかないと勘違いされるかもしれないからな」
「別に……。解っているよ、それくらい。お前の言っていることは、僕に対する批判じゃないってことくらい」
 アルスはつまらなそうにそう言った。
 そして彼は空を見上げる。空は雲が浮かび、鳥が飛んでいる。冒険をするならばうってつけの天気と言えるだろう。
「……よし、それじゃ出発だ!」
 そして彼らは昨日の夕方到着したばかりの港へと向かった。

 ◇◇◇

 港。
 昨日は夕方に到着したためきちんとした設備は理解していなかったが、よく見ると武器屋と道具屋、防具屋に酒場までできている。なぜここに宿屋が無いのか、とまず疑問を抱いてしまうレベルだった。
「港町、って言ってもいいレベルだな……。宿屋さえあればほんとうに町を名乗っていいレベルだと思うのだが」
「それはこの町がメルフェ大聖堂の、いわば城下町みたいな扱いになっているからですよ」
 地図を見ながらエヴァは言った。地図、といっても彼女の顔をすっぽりと隠してしまうほどの大きさであり、はっきり言ってそれを見ていては前が見えない。だからできることならば歩きながら地図を見ることはしないほうがいい。それは冒険者の中でも有名なことである。

第四章 8

「そうですよ。そして我々はあれを『神の実』と呼んでいます」
 その声を聴いてアルスたちは振り返る。
 そこに立っていたのは一人のシスターだった。どうやらこの大聖堂にて勤務しているシスターのようだった。
 シスターの話は続く。
「神は我々人間に知恵を与えました。ですが、もともと神は知恵を与えようとしなかったのです。きっと、人間が神と同じ地位に立つことを恐れたのでしょう。だから人間が神の実を食べてしまったとき、神は激怒して聖地と神のセカイをつなぐ|接続(リンク)を切ってしまった。そして人間はこの世界に突き落とされ……そして、人間は罪を背負ったのです。再び神のセカイへと行くことが出来るように、神のセカイとのリンクが繋がりますように……」
「神のセカイには何があるというんですか?」
「さあ……。あくまでも私たちの書物にしか書かれていないことですし、それにそのことはあまり詳細が語られていませんからはっきりとは言えませんが……少なくとも神の住む家があると言われています。そして我々はそこへ向かって祈りをささげるのです。人間が古くに犯した罪を、過ちを謝るために」
「ふうん……。成程、ありがとうございます。この大聖堂って、いろいろと綺麗なものがあるんですね。初めて来たので知りませんでしたよ」
「ということは……冒険者の方ですか。どこから来られたのですか?」
「ええと……カルヴァスです」
 とっさに彼らは少し前に訪れた町の名前を言った。完全に嘘を吐いたわけではないが、本当のことを言うと変に怪しまれてしまう。だからアルスはシスターの質問に対し、よどみなく嘘を吐いたわけだ。
 シスターは微笑むと、踵を返した。
「カルヴァスということは、海を渡られたのですね。わざわざ遠いところからここまで……。もしよろしければ旅の目的などお聞かせ願えませんか?」
「別に大したことじゃないですよ。知識を深めるために世界を回っているだけのことです。町に着いたら仕事を見つけます。そしてお金を稼いで次の町へ……、ただそれの繰り返しです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「でも、私あこがれちゃいますね。広い世界に旅立つなんて……。仲間が居るとはいえ、そんなこと簡単に決断できませんよ。今日はこの大聖堂で宿を?」
「ええ、まあ……。でも明日には旅立ちますが」
「そうですか」シスターは笑みを浮かべて、入り口のほうへと歩いて行った。
「では、あなたたちの旅に良いことが起きますように、ここから神へ祈りを捧げておきますね」
「ありがとうございます」
 アルスはシスターの言葉に頭を下げた。

第四章 7

 その言葉を聞いてアルスたちは頷いた。
 そして最初に発言したマリーも大きく頷くと、
「カスケルがそう言ってくれると安心ね。私はどうしようかと困ったものよ。仮にダメと言われたら、それもそれでいいかな、って思っちゃったくらいだから。……ま、オーケーが出たならもう行ってしまうほうがいいでしょうね。ここで、じゃあ行かないって言うほうがどこか頭のネジが抜けているってものよ」
 長々と説明してマリーは先頭を歩き出す。そして彼女を先頭にして大聖堂へと入っていった。
 大聖堂の大きな扉を開けたその中に広がっていたのは、両側に置かれている椅子だった。椅子は平行線に設置されており、前に居る僧侶の机までずっと続いていた。椅子には時折人も座っていて拝んでいる。静けさが場を支配していて、どこか居心地が悪い。
 大聖堂は中心の通路には赤いカーペットが敷かれており、ここをえらい人が通る仕組みとなっているのだろう。しかしそれを鑑みても、この聖堂はあまりにも広い。
「聖霊教会の三大聖地、その一つがこことは聞いたことがあるけれど……これほどまでに立派な場所だったとはね。さすがに初耳だったわ。百聞は一見に如かず、とでもいうのかしらね?」
 マリーの言葉にカスケルとアルスは頷く。
 エイミーは内装を見ながら、ただ普通についていく。
「エイミーはこの大聖堂に来たことは?」
「無いよ。私は確かにずっと聖霊教会のシスターだったけれど、この大聖堂に来たことはない。三大聖地に行くことができるのはあくまでも位の高い人間だけだ。私はただのシスターだったからね、そう簡単にはいけなかった。辺境の教会でそのまま一生を終えるのは、非常に面倒だろう? 億劫だろう? 私は嫌だった。だから出て行ったんだよ」
「……そうだったのか」
 アルスはエイミーの言葉に答えて、俯いた。
「ま、別に気にすることじゃないさ。現に私は嬉しいのだよ。ずっとあの教会に居てはここに来られなかっただろう。世界を見ることはできなかっただろう。それにアルスたち、お前たちに会うこともなかっただろう。だから私は、逆に嬉しいのだよ。この場所に来れたこと、お前たちと一緒に旅をしているということが」
 そう言ったエイミーの表情はどこかしみじみとしているように見えた。
 だからアルスたちはそれ以上何も言わないでおいた。彼女が感情に浸っているのならば、それを邪魔するわけにはいかないと思ったからだ。
 大聖堂にある椅子に腰かけて、内装を眺めるアルスたち。
 僧侶の居る机の奥にはステンドグラスがある。金色の林檎をモチーフとしたもので、大樹から金色の林檎が落ちてそれを人間が拾う様子が描かれている。
「……あれが『知恵の木の実』?」
 マリーはぽつり、と誰に訊ねるでもなく呟いた。

第四章 6

「もしかして、あれがメルフェ大聖堂か?」
 カスケルの声を聴いて全員がそちらを見る。
 カスケルが指さした方角には大きな煉瓦造りの建物が見えてきた。屋根の上には聖霊教会を示すマークが掲示されている。それがメルフェ大聖堂であることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
「そうですね、きっとあれが……メルフェ大聖堂です。港で聞いた情報とも一致しますし。あそこに行って、今日は終わりということでいいんですよね?」
 エヴァの問いに頷くアルス。
「ああ、そうしないとね。夜、町の外を動くのはよろしくない。獰猛な魔獣が生息している可能性があるしね。だから夜はゆっくりと休むほうがいい。あるいは町の中にいて、外へは出ない。それが安心な方法だ。むろん、町の中に魔獣が入ってこないとは限らないけれどね。あくまでも、それは防衛策の一つといってもいい」
「……つまり、魔獣を倒すのが大変だから夜は出歩かない、ということですか?」
 そういうこと、と言ってエヴァの言葉に頷いた。
 メルフェ大聖堂の前には大きな通りが出来ていた。その通りには宿屋や住居が立ち並んでおり、大聖堂を中心に一つの町が形成されていた。
「やはり大聖堂ともなると町を形成するほどの中核となり得る、ということなのかね」
 カスケルの言葉に、誰も答えない。
 アルスは歩いて、そのまま宿屋へと向かおうとしたが、
「ねえ、アルス。どうせ大聖堂まで来たんだし、まだ日が暮れないうちに大聖堂に入ってみない? 別に理由はないけれど……入るのは自由でしょう?」
 その言葉を聞いて、一瞬アルスはたじろいだ。
 その理由は彼らが信奉する宗教についてだった。彼らは聖霊教会を信仰していない。別の宗教を信仰している。もともといた場所が大神殿だった――ということからも予測できるだろう。
 他の宗教の人間はなかなか聖霊教会の施設には入りたがらない。それは宗教の乖離性が理由なのかもしれないが、しかしながらマリーはそれを気にしていないようだった。
 もともとマリーはそういう性格なのかもしれないが。
「なあ、アルス。どうだ、一度入ってみないか? ……もし、宗教のことを気にしているなら関係ないと思うぜ。だいたいこういう施設は他宗教の人間にも門戸を広く開けているものだろ。最悪勧誘でもされたらさっさと逃げてしまえばいい。それだけのことだ」

第四章 5



 港にアルスたちの乗る船が入船したのは、夕方のことだった。
 港は小さいもので道具屋と武器防具屋があるのみ。宿屋は大聖堂がその意味を担っているらしく、それ以外の施設はこちらにあるようだった。
「……時間に余裕があるなら、ここのラインナップも見てよかったんだけどな。ちょっと急いでいるし、明日改めてここを見ることにしよう。どうせ見るならゆっくり見れる時間があったほうがいいだろ?」
 アルスの提案により、港を回るのは明日ということになり、今日は先に進んでメルフェ大聖堂へと向かうことにした。
 メルフェ大聖堂までの道はなだらかな丘を登る坂道となっており、そこまでは歩いて進むこととなった。
「それにしても船はあそこで保管してもらっていいのか?」
「ああ、大丈夫だろ。一応パーヘック家が所持していた船だってことを伝えたし。それについて伝えたらきちんと管理はしておくとは言っていたからな」
「……それにしてもその一言だけであっさりと預けることが出来るなんてね。ほんと、大陸に着く前は船の管理はどうすればいいのかしら? って思ったほどよ。まさかこうもあっさりとうまくいくなんて思いもしなかったけれど」
 カスケルの言葉にエイミーは言った。
 カスケルが言っていたのは船の管理についてだった。彼らが操縦してきた船は彼らの所持している船だ。しかし、このご時世冒険者で船を所持している人間というのはなかなかいない。そのため船の管理をどうするかが彼らの中でも問題になっていた。
 その問題をあっさりと解決する、救世主となった発言をしたのがエヴァだった。
「だったら船の預かりサービスに頼めばいいんじゃないですか?」
 船の預かりサービス。
 主に貴族向けに実施されているサービスのことだ。港にいる専用の業者にお金を支払うことで指定の日数間預けることが出来る。保証もできるので、貴族に関してはとても安心と言われるサービスの一つである。
 それを聞いて、まさに目から鱗の発言を耳にしたカスケルはそれをアルスに提案した。
 アルスはそれが冒険者にも使用できるサービスなのか、ということをエヴァに訊ねた。
 エヴァいわく、詳しくは知らないがおそらく使用できる、とのことで先ほどの港で業者に質問してみたところ、あっさりと船の預かりが成功したということだ。
「……一応十四日間とはしているが、そんな長い日数でもないかもしれない。一応延長は効くとは言っていたからな。それにしても、こんなサービスがあるなんて知らなかった。エヴァを仲間に入れていなかったらこのことには気づかなかっただろうし、ほんとう航海士を入れて正解だったかもしれないな」
 アルスの言葉を聞いてエヴァは顔を赤らめる。
 彼女は照れ臭くなるとすぐ顔を赤らめて俯く。それは別に悪いことでは無いのだが、エイミーやマリーにとってみれば、それは見ていてとても微笑ましい光景の一つになっていたのだった。

第四章 4

 エヴァは海図を見ながら言った。
「おそらくですが、この前方に見える陸地……あれが大陸であると海図から推測されます。その大陸はミシエラ大陸。まだ国は超えていませんが、この先には大聖堂があります」
「大聖堂、って……メルフェ大聖堂のことか?」
 エイミーの言葉に頷くエヴァ。
「ええ……。よくご存じですね?」
「そりゃ私も賢者を目指して旅をしているし、もともとがシスターだからね。それくらいの知識は持ち合わせているつもりさ。できることならば行きたくない場所ではあるけれど、賢者を目指すためならば致し方ない」
「……メルフェ大聖堂の出だったのか?」
 アルスの問いにエイミーは首を横に振る。
「違うよ。ただ聖霊教会のシスターだったことは変わりない。ただ、あの宗教の神様は私にとっての神様では無かった。だから私にとっての神様を探すために、私は旅に出た。……間違ってはいないが、でも、私は賢者を目指すために旅に出ようとして、自分の神様が信じられなくなったからそれを正当な理由とした……。今考えると、馬鹿らしい話だよ」
「いや、それはまったく馬鹿らしくない。むしろ正当な権利だ。自分の信仰に疑問を抱き、それを解消するために世界を旅することを決意した。それはめったにできることじゃないし、それは誇っていいことだと思う」
「……さて、ここからは俺の意見だ」
 カスケルの言葉を聞いて、再びアルスたちは彼のほうを向いた。
「今、エヴァから聞いた通りあの大陸には大聖堂がある。そしてそろそろ日が沈む。そのことを考えて、今日は上陸して大聖堂にて一晩泊まる。それから出立しようと思う。どうだろうか、アルス。この意見は?」
「いや。構わないと思うよ。逆に僕がカスケルの立場だったなら、それを選択して宣言していたと思う」
 アルスの言葉にカスケルは頷いた。
 カスケルはアルスを、アルスはカスケルをお互いに信頼している――ということだ。その証ともいえるだろう。
「お前ならそう言ってくれると思っていたよ。……それじゃ、俺たちは今からミシエラ大陸に上陸する。港町はないが、定期船の泊まる港がある。ひと先ずそこに船を置いて……そこからメルフェ大聖堂に向かうということでいいか?」
「ああ、大丈夫だ。……ところでそのメルフェ大聖堂までどれくらいかかるんだ?」
「ええと……ここからミシエラ大陸まで三十分といったところでしょうか。そこからメルフェ大聖堂まではあまり距離が把握できていませんが……おそらく日没までには到着するかと」
 エヴァの言葉を理解して頷くアルス。
「よし、それじゃカスケルの言う通り今日はメルフェ大聖堂に向かうことにしよう。ひとまず、荷物をまとめておくこと。以上!」
 アルスの言葉を聞いて、全員はほぼ同時に頷いた。

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