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 oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

最新の更新分が先頭に表示されます。 最終更新16年1月24日

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第四章 23




 そして時間は再び夜になった。大聖堂の宿屋にてアルスたちは一つの部屋に集まっていた。
「……それじゃ、話すことにしようか。この旅を始めた経緯について……。なお、今回はマリーの許可を得て話すことになるから、はじめにマリーの話をきいてもらいたく思う。マリー、大丈夫か?」
 こくりと頷き、アルスの横に腰掛けていたマリーは立ち上がった。
 そして彼女は――ずっと被ってあったフードを外した。
 フードの奥に隠れていた彼女の顔はまさに完璧だった。白磁のようなきめ細やかな肌、きりりとした眉、ぷっくりとした唇。まさに美女と呼ぶに相応しい。
 しかしながら彼女の右頬には――鱗があった。一枚だけではなく、その部分だけ肌が鱗になったように見えた。
 それを見てエイミーとエヴァは何も言えなかった。彼女たちが想像していたのは、せいぜい傷か火傷程度のものだろうと推測していたためである。
 しかしその推測は大きく外れることとなった。
「……きっとこれを見て驚いたことだろう。それは解っている。それは承知の上で、今晩君たちに話をしているのだから」
「ややこしいことは言わなくていい。話がこんがらがるから」
「それは理解しているよ。だからこそ、なるべく平易な表現だけで話そうとしているが……少々難しいといえばいいかな。きっとそれだけじゃ理解に追いつかない。だからこそ、マリーに協力していただいて、彼女の『呪い』についてみてもらうことにした」
 呪い。アルスは確かにそう言った。
 マリーの肌にある鱗は呪いの類である、と。
 先ほど初めてそれを見たとき、なんとなくそうではないかと思ったが――こう簡単に当たるとは思わなかった。
 アルスの話は続く。
「彼女の呪いはひどく強力なものでね……。かけた術師が強かったのかもしれないが、なかなか治らない。教会で治してもらおうとしてもこの呪いを解くことのできる僧侶は誰もいないといった。できるとしたら術師を倒していくしかない。そういわれたから、旅をしている……」
「呪い……。いったい、どのような呪いなの? それを見た限りだと、はっきりと解らないのだけれど。ただ、体の一部が別のものに変わっているようにも見えるというか……」
「その通り。別のものに変わっている。正確に言えば、魔獣になろうとしている、とでもいえばいいかな。いつなるのか解らない。ただゆっくりと、そして確実に魔獣へと変貌しようとしている。そして術師は呪いを彼女にかけるとき、こうも言った。……呪いを解くためには、天空城に眠る伝説の宝も必要である、と」

第四章 22

「あたりまえだ。俺を誰だと思っている。俺が死んだことは、一度も見たことが無いはずだろう?」
「そりゃそうだ。だってお前はずっと僕たちと暮らしてきたじゃないか。……まあ、住んでいたエリアこそ違っていたかもしれないが」
 だろう? と言ってカスケルは頷く。
 そのやり取りについていけないのはエイミーとエヴァだった。エイミーはそのことを質問しようかとタイミングを窺っている様子が見えたがエヴァに関してはもう質問することを諦めている。正確に言えば、考えることをやめているといえばいいだろうか。自分の解らないことではあるが、それを無理くり質問する必要はない――そう思っているのだろう。
「……まあ、それもそうだな」
 アルスは納得すると、歩き出す。
「とりあえず、武器屋へ向かおう。急ぐ旅じゃないことは解っているけれど、急いで進まないとまたあの大聖堂で夜を迎えることになってしまう。それは面倒だろう? だって全然進んでいないんだし。だから、向かおうぜ。いいだろ?」
 アルスの言葉に頷くカスケル。
 マリーも溜息を吐いて歩き出した。最初は小走りだったが、アルスの隣に並ぶと、笑みを浮かべて頷く。
「アルスは、私のことを早く治してくれるんでしょ。だから、急いでいるんだよね?」
「……そうだよ。悪いかよ。マリー、君のことが心配だから、僕は君の身体を治したいと思っているんだ。君にかけられた呪い……それを解く方法を探すために、ね」
「ちょっと待て。それってどういうことだ?」
 アルスの言葉に苦言を呈したのはエイミーだった。エイミーはこの旅の真の目的を知らない。だから、急にそれを言われて動揺しているのだ。
 アルスは踵を返し、頷く。
「そーいえばエイミーとエヴァにはまだ言っていなかったっけ? この旅の目的と、この旅でどうして僕たちがパーティを組んでいるかということについて」
「まだきちんと聞いていないわよ? それについては、いつかしっかり聞かないとね。まあ、少なくとも私の旅の目的には関与しないと思うけれど。もし不利益を被るようなことがあるならば、私はすぐにパーティを抜けるからそのつもりでね?」
「ああ、解っているよ。まあ、それは無いことを願いたいけれどね。できることならば、みんなずっと行こう。……ただ、旅の目的についてはきちんと話さないといけないな。ただこの町で何かをすることはもうできることならしたくない。だから、……仕方ないな、大聖堂で話をすることにしよう。今から買い物をして、きっとまた夕方になる。できることならば夜は動きたくない。夜は僕らにとって不利益を被ることになるからね。……それで構わないか?」
 アルスの言葉にエイミーは了承した。
「まあ、それならば問題ないわね。それにしても、そう長い話なのかしら? 私としてはここで話せば済む内容に思えるけれど」
「出来ることならば公衆では話したくない内容でね。マリーのプライバシーにも関わる」
 それを聞いて、ああ、成る程とエイミーは頷く。
「理解してくれたようで何より。それじゃ、買い物を済ませることにしようか。話はそれからだ」
 そう切り出して、アルスたちは武器や防具、道具等をそろえるための買い物に繰り出していった。

第四章 21




 食事を終えてアルスは食堂を出た。そして一つ伸びをする。
「ふう……。何とかなったし、食事もうまかったしオールオーケイだな! それに、あの財布が盗まれなかったらきっとここまで来ることはなかっただろうし。ある意味、あの悪ガキどもにも感謝しないといけないかもだな! ……まあ、高い紹介料であることは確かだが」
「……嘘を吐くなよ。そしてそんなことを言って問題をすり替えようとするなよ」
「そりゃ、盗まれてしまったことは問題だ。僕は悪いことをしたと思っているよ」
「ほんとうか? ほんとうに、心からそう思っているのか?」
「そんなことを言ってもな……。別にいいだろ、もうこれ以上言う必要もない。とにかく武器と防具をそろえよう。この町でのお話しはこれで終わりだ」
「そうかもしれないが……」
 カスケルはどこか言葉に淀みを残して、そう言った。
「……まあ、アルスの言うとおりね。もうこれ以上、この町に用はない。だとすれば先に進むしかないわ。ところで、この町のお店はどのようなものは――」
 そこで彼女の言葉が途切れた。
 一体何があったのか、と思ってアルスはそちらを向いた。
 彼女は何かを見ていた。
 そこにあったのは石像だった。林檎を持った三人の兵士が剣、弓、杖をそれぞれ一点に向けている。
 石像の説明文には『かつて世界を救った勇者の像』と書かれていた。
「……どうした、マリー?」
 マリーはそれに見惚れていたが、アルスの言葉を聞いて我に返った。
「え、いや……何でもないわよ。ただ少し、気になっただけ」
「気になった? ふうん……まあ、いいけれど。とにかく、急いで武器屋のほうへ向かおうぜ。きっといい武器があるはずだ。さっきも食堂に向かう道中にウインドウショッピングみたく眺めていたんだけどな、割といいものが揃っていた。だからここで買うのが現状ベストだと思う。やっぱり先に進むよりここで買うべきだった、ってことが証明されたな」
「悪かったな。やっぱり先に進むべきだとか言ってよ」
 カスケルの言葉にアルスは頷く。
「別に。大丈夫だよ。僕はあまり気にしていないから。あ、カスケルは一番安い装備ね?」
「気にしているじゃねえか、思いっきり! 装備については安いのは勘弁願いたい!! それによって生死を問うことになるぞ! それはお前だっていやだろ! 蘇生魔法ってとっても気持ち悪いと聞いたぞ!」
「ああ、なんだかスライムに包み込まれているような、そんな錯覚なんだっけ? けれど、一度死んでしまったらめったに生き返らないんだぞ。それを考えるとそんなデメリットくらい撥ね退けてもいいじゃないか」
「お前なあ! そんなこと言うけれど、死んだことないだろ」
「あたりまえだろ。そしてカスケル、お前も死んだことはないはずだ。そうだろ?」

第四章 20

 立ち上がり、ケイの座っているテーブルへと向かう女性。
 そして女性はアルスと対面した。
「何があったんだい? こちとら食事しているというんだ。食事の時くらいゆっくりとさせてくれてもいいんじゃないのか?」
 アルスはその女性の顔を、どこか見覚えがあった。
 そのいかつい性格にどこか似合わない銀髪。
 それはまるで先ほど出会ったシスターのような――。
「おい、聞いているのか。ぼうっとしないでくれ。話の当事者がそんなんじゃ、何も始まらないし何も終わらない」
「……あ、ああ。済まなかった。要は、こいつに財布を盗まれたんだ。みろ、あの袋。あの袋は僕が所属していた組織にいた人間だけが持つことのできる袋でね。もう数も少ないんだ。だからあれを持っているはずがない」
「成る程。……だが、この町は治安が悪い。普通ならば、それはお前のせいだと切り捨てるのだがね」
 女性の言葉は正確で冷たかった。
 しかしながら、と言って女性の話は続く。
「その金を使って食事をして、さらに盗んだことを隠し通すのは正直私の道に反するな。それに、この町の治安が悪かったのもつい数年ほど前まで。今こそスラム街はあるが、それでも盗みを働くほどひどい町というわけでもない。この町に住む人間のほとんどは職を得て、それで金をもらっている。仕事の対価として、金銭を得ているわけだ。私が居た頃とは、この町もだいぶ変わったということだよ」
 とどのつまり。
「私が見た限りではその少年たちの行動は間違っている。まあ、私の言うことでは無いがね。いずれにせよ、金を返したまえ、少年たちよ」
 そう言って女性はムチを構える。しなるムチを見て、ケイは身震いした。
「……で、でも、全額は残っていないぞ。八千ルクスくらいしか残っていない」
「二千ルクスも使ったのか!? ……まあ、いい。とにかくそれでもいいから返してくれ」
 アルスはそう言ってケイに手を差し出す。ケイは何度か躊躇っていたが、女性の鋭い視線に耐えきれなくなり、ゆっくりとアルスに財布を差し出した。
 そして各々食事を食べ終え、大急ぎでケイたちは逃げ去っていった。
 女性は溜息を吐いて元の席に戻ると、またピラフを食べ始める。
「ありがとうございます。助けていただいて」
 マリーの言葉に、女性は頷く。
「別にいいよ。そんな義理なんて感じてもらわなくていい。ただ少し……似ていただけだ。あの中の一人が、私と姉の昔の頃に」
「姉?」
「……まあ、別にそんなことはどうだっていいだろうよ。もしあんたたちも腹が減っているならここで食事をとるといい。この店の食事は最高だ。昔から常連の私が言うんだ、間違いない」
 その言葉を聞いて、彼らもまた食事をとることを忘れていたので、そうすることにします、とだけ伝えて頭を下げた。
 そしてアルスたちは注文をするため、カウンターのほうへと向かった。
 アルスたちが立ち去ったのを見て、女性は呟く。
「あの頃か……。何もかも懐かしいな……、まったく。姉は元気にしているのかね……っと、それは今の私が気にすることでは無いのだけれど」
 その言葉はあまりにも小さく呟くように言ったので、誰にも聞こえることはなかった。

第四章 19

「お待たせしました。いつものランチです」
 そう言って歩いていく女性。
 女性はムチを携えた女性の座る席へとランチを持っていく。
 そしてランチの皿が乗せられたプレートごと机の上に置いた。
「ありがとう」
 小さく呟くと、それを聞いた女性は急いで頭を下げてそそくさと去っていく。
 女性が食べていたのはピラフだった。それもベーコンとレタスしか入っていない、非常にシンプルなものである。味付けもマキヤソースをベースにしており、こちらもシンプルな味付けとなっている。このようにシンプルな味付けとなっているのはこの食堂では非常に珍しい。もしかしたらこの店でその女性が食べるためにわざわざ作ったメニューなのかもしれない。
 無言で食べ続けていく女性。その光景に少々呆気に取られる客。しかしながらその客の中にもそれをいつもの光景だと認識してあまり気にしていない人もいた。
(……どうやら、こちらから何もしなければ問題なさそうだね)
 アミィが小声で言った言葉に頷くケイ。向こうが何もしてこないのであれば、こちらとしてはただ手を出さなければいい。問題は無かった。そう思って安心して食事にありつけると再び各々食事にがっついたのだが――。
「……ここにいたか、ガキども」
 それを聞いた彼らは冷や汗をかいた。
 ケイの背後には一人の青年が立っていた。
 彼らがその名前を知る由もないが、その青年が誰であるかは知っていた。
「僕の名前がなんであるかとはどうでもいい。ただこれだけは言える。お前たち、僕のことは知っているよな?」
「……何のことかな?」
「とぼけるな。お前たちが持っているその袋がいい証拠だ。その袋には林檎の刺繍がしてある。ただの林檎じゃない。林檎に剣と弓と杖のマークが重ね合わせられたデザインだ。そのような袋は滅多にない。世界で何袋、といってもおかしくないレベルの量しかないはずだ。そして僕のそれが盗まれ、今お前が持っている。つまり……解るな?」
「クッ……」
 ケイは小さく舌打ちをする。彼らは袋の中身ばかり気にしていて外側はまったく見ていなかった。ある意味それが敗因になるのだが、さすがに彼らもその袋自体が希少なものであるとは予想できなかっただろう。
 青年――アルスの話は続く。
「まあ、今ならまだお咎めナシでいこうじゃないか。僕だって鬼じゃない。いくら使ったかは教えてほしいけれどね。おやおや、豪勢な食事を注文しているようじゃないか。いったいいくら使った? さあ、僕に教えてくれよ」
 アルスの問いに、ケイは答えられない。
 万事休す、とケイは思った――その時だった。
「ガタガタうるさいねえ、食事中に」
 真ん中のテーブルに座っていた女性が、唐突にそう言った。

第四章 18

 食堂にて少年たちは食事をとっていた。
 それも彼らが普段食べるそれとは違う、あまりにもかけ離れた豪勢な食事だった。
「……まさかこんなものを食べることが出来る日が来るなんて……!」
 メンバーの一人、アミィはそう言って自分の顔程大きなカツレツにがっついた。すると口の中に衣のサクサクとした食感と肉の脂の濃厚な味が広がる。
 アミィは笑みを浮かべてうんうんと何度もうなずいた。
「ほんとう、あの財布のおかげよねっ。ケイ、ありがとう!」
 アミィは彼女の前に座っているケイに言った。
 ケイはピラフを食べていたが、アミィのそれを聞いて頷く。
「まさか俺もこれほどの大金が入っているとは思いもしなかったからな……。ほんと、嬉しいぜ」
 ケイはそう言ってスプーン山盛りに入ったピラフをそのまま口に放り込んだ。
「しかし、あれから誰も取りに来ないな。もしかして怖気着いたか?」
「だったらいいんだがな。そうすればこの一万ルクスは俺たちのものになるし。お金も使い放題だ。綺麗な服も買えるしおいしい食事にもありつける。そして綺麗な姿でいることが出来る。なんて最高なことなのか」
 ケイがそんなことを言ったその時だった。
「邪魔するよ」
 ハスキーな声が食堂に響いた。
 かすかに聞こえたその声だったが、どこか威圧感があった。
 現にその声を聴いただけで食堂の空気はどこかピリッとしたものになったからだ。
 そして食堂にいた人間は、自然と入り口に目をやった。
 そこにいたのは一人の女性だった。髪を立て、目をきりっとさせていて、赤いチャイナドレスのようなものに身を包んでいる。腰にはムチを携えており、また古びた紙も丸められてベルトにつけられていた。
「……いつもの、頼むよ」
 カウンターに行って少しおびえ気味の店員にそう言う女性。同時にカウンターにお金を置く。おそらくそのお金はピッタリなのだろう。恭しく笑みを浮かべながら店員はそれを受け取ると、
「少々……お待ちください」
 少しトーンを低めにしてそう言ったあと、厨房へと消えていった。
 女性はそれを見送って、真ん中に唯一空いていた四人掛けテーブル――皮肉にも、そこはケイたちの座っていたテーブルの隣になるのだが――に腰掛けた。
「……なんか、怖い人が来たね」
 トーンを下げてアミィはそう言った。しかし食べることはやめず、彼女の歯形がついたカツレツを持つと、そのまま歯形の範囲を広げるように一口噛み締める。
「ああいうのは無視するに限る。変に巻き込まれてお金でも締め上げられたら厄介だしな」
 ケイはそれに答えてピラフを頬張る。
 ちなみにほかの二人、エクスとリーナが参加しないのはそれほどに食事に集中しているためである。実際問題、彼らはずっと食事を満足に食べることのできる環境になかった。そのため彼らはこのような食事にありつけることが非常に久しぶりなのである。だから、『食べられるうちに食べなければ』という精神がいつしか身に着いたと言えるだろう。

第四章 17

「成る程……それは素晴らしいことかもしれない。今度、あとで大聖堂に行ったときに僕たちももらうことにしますよ」
「ええ、ぜひ。冒険者の方たちには無料で差し上げていますので。……ところで、差し出がましいようですが、実は私背後で話を聞いてしまいました……。何かあったのですか?」
 それを聞いてアルスは頭を掻いた。
「恥ずかしい話ですけれど……実は、」
 そう前置きしてアルスは事のあらましを話し始めた。

 ◇◇◇

「成る程……。それは由々しき事態ですね」
 シスターは俯いて、そう言った。
 シスターは聖霊教会に所属している。そうとはいっても一介のシスターがどうこうできる問題ではないこともまた事実だった。
「少年たちならば先ほど道具屋の前で見ましたよ。お金を使っている様子はありませんでしたが、どこか清潔な様子が見えましたので、おそらく公衆浴場にでも行ったのだと思います」
「公衆浴場?」
「この町は宿屋がない代わりに公衆浴場があるのですよ。そもそもここは港町ですから、船乗りの方がたくさん訪れます。その方々が眠る宿の代わりに浴場がほしいという需要のために設立されました。それが公衆浴場ですよ」
「……その公衆浴場にいた、ということか?」
「もうその公衆浴場を出て行ったと思いますよ。だって石鹸のにおいがしましたから。あの石鹸は大聖堂で使っているそれと同じなんですよ。だからにおいはすぐに解ります。……そうですねえ、話の内容からすると海側にある食堂へ向かったんじゃないでしょうか? あそこなら食べ物が豊富にそろっていますし」
「食堂?」
「お腹が空いているんじゃないでしょうか。現に少年少女の皆さんはお腹をペコペコにしている様子でしたから」
「お腹を空かしている……? 成る程、ありがとうございます。とりあえずそっちへ向かってみますね」
 そう言ってアルスは立ち去ろうとした。
「あ、みなさん。どうかお気をつけて」
「お気をつけて……とは?」
 アルスがシスターの言葉に首を傾げる。
「実は言い忘れていたのですが、この港町はよく海賊が出歩くことが多いのです。気を付けてください」
「海賊? でも、出会っても何とか関係ない風を保っていればいいでしょう?」
「であればいいのですが……みなさん、キャプテン・ミーファに会ったときは気を付けてください。たとえ彼女の顔を見る機会があったにしても、彼女には関与しないでください。彼女は危険な海賊ですから」
 そう言ってシスターは笑みを浮かべると同時に、修道着からはみ出た銀色の髪が風に揺らめいた。
 そしてシスターは薬草の入った紙袋をもって出口の門へと向かっていった。
 アルスたちはそれを見送ってから、シスターの言った通り食堂へと向かうことにした。

第四章 16

「……それは無理だろうな。はっきり言って」
 アルスの回答は淡白としたものだった。
 しかしながら、カスケルはそれに怒りを募らせることなどなく、いたって冷静に言った。
「そうだろうな。……いや、済まなかった。こちらもお金が無くなったというイレギュラーな事態で少し頭に血が上っていたらしい。少し頭を冷やさねば……」
「まあ、そんなことより急いで見つけないとな。あのお金を使われたらたまったものじゃないし、それで子供たちが死ぬなんてことになってしまったらもっと後味が悪い」
「少しケガするくらいならまだ人のものを盗んだ天罰とでもいえるのだけれどね」
 エイミーはそう言って微笑む。
「おや。エイミー、少し悪いことを考えたんじゃないか?」
 カスケルの言葉にさらに笑みが強くなる。
「だって最初に悪事を働いたのは彼らですから。普通に考えればそれが原因でケガをすれば、それは天罰と言えるでしょう。そして死んでしまった場合でも広義では天罰とはいえるでしょうが、それでは少々後味が悪いのは確かでしょうね」
「そう。だから探さねばならない。……ったく、それにしてもほんとうにどこに行ってしまったんだ? このままだと行方をくらましたまま僕たちの知らないところで事件が一方的に解決してしまうぞ……!」
 アルスはそう言ってきょろきょろと辺りを見渡す。
「……あら、あなたたちは?」
 どこか聞いたことのある声を聞いて、アルスはそちらのほうを向いた。
 そこに立っていたのはシスターだった。昨日、ステンドグラスの説明をしてくれた心優しいシスターだった。
「どうしてここに……?」
「私は薬草を買いに来たのですよ。大聖堂のそばにもありますけれど、ここは港ということもあるので良質な薬草が揃うのですよ……」
 シスターはそう言って笑みを浮かべる。確かに彼女は両手で紙袋を抱えており、そこには大量の薬草が入っていた。
「その薬草、いったいどうするんです?」
「薬草を聖水で煎じて、その液体を冒険者に無料に差し上げています。体力が回復するということで、かなり有名なのですよ。ほんとうは市販されているんですが、ここではずっと手作りです。シスターが一人ひとり作って、一つ一つ丁寧に充填しているのですよ」
「へえ。大変でしょう? ……ということはあの大聖堂に工場がある、と?」
「ええ、地下にありますよ。シスターは神様に仕える仕事の一環として、それを作っています。そしてそれを冒険者に差し上げているのですよ」

第四章 15

「……そんなことが、ほんとうにあるのかよ」
 アルスはエイミーからその言葉を聞いて小さく項垂れた。
「ええ、残念ながらそれは真実よ。間違っていることじゃない。間違いを言うとでも思っているの、この私が」
「いや、別にそういうつもりわけじゃないけれど……」
 そもそもアルスとエイミーはそういう話をできるようになった関係では、はっきり言ってそうではない。なぜなら彼らはまだ出会って数日しか経過していないからだ。まるでエイミーだけはアルスをずっと昔から覚えているかのような――そんな雰囲気をたまに感じ取る時が、アルスにはあった。
 しかしアルスの記憶にエイミーは居ない。だからそんなことは有り得ない、と勝手に自分の中で消していた。
 でも、それでもエイミーはいつものように接してくる。数日前に初めて出会ったばかりとは思えないくらいに、親密に。
「……とにかく、あの子供たちをどこに行ったのか探さないと!」
「解るんだが、アルス、どうしてお前はそんなに躍起になっているんだ? さっきから気になっていたが。まあ、確かにお金が盗まれたことは緊急事態だし早々に奪い返さないといけないのだが……」
「違う、違うんだよ、カスケル。確かにあれは僕たちのお金だ。だから急いで奪い返さないといけないのだけれど……それ以上にもっと重要なことがある。カスケル、なぜおまえはある可能性を考えない? 僕にだって容易に想像つくほど簡単なことだというのに」
「そう回りくどく言われると非常に腹が立つな。で? おまえが何を考えた、って?」
「……もし、一万ルクスの大金を同じコミュニティー内に居る子供たちが持っていたら、そのコミュニティー内に居る大人はどうする?」
「どうする、ってそりゃ……」
 その答えを言おうとして、カスケルは何かに気づいたらしい。
 それを見たアルスはうっすらと笑みを浮かべる。
「そう。解っただろ? 僕の危惧する事態とやらを」
「ああ、なるほどな。それは確かに大変な事態だ。一万ルクスもの大金だ。きっと子供たちを殺してでも手に入れたい代物だろうしな」
 一万ルクスもあれば大人三人が半年以上暮らすことが出来る。それも宿代・食事代を含めた計算だ。まったく働かなくてよいならばそれくらいで済むが、仮に宿代が無しになった、あるいは少しだけ働いて宿代相当のお金が無しとなればさらにその期間は伸びる。要するにそれなりに大金を盗まれたということになる。
 アルスたちは一万ルクスの価値を再認識し、小さく溜息を吐く。
「まあ、それはいい。問題はこれからどうするか、だ。追いかけているのは良い。だが、どこに逃げた? アルス、お前はこの町のどこかに逃げ込んだと言った。確かにそれは間違っていないだろうよ。一瞬見えただけだが、相手は全員子供だ。はっきり言って子供だけでこのあたりの魔獣に太刀打ちできるわけがない。だが、この町はかなり迷路じみた構成となっている。初心者の俺たちにこの町を攻略できるのか?」

第四章 14

 聖霊教会の所業を無視したとしても、それはれっきとした社会問題であった。
 だからこそ聖霊教会とは違う別団体が立ち上がり、そこが子供たちの庇護を行うなどの対処はされているが、聖霊教会がただの宗教団体以上に権力を得てしまった結果、それについては何も言われなくなっている。
「……それにしてもひどい場所だな。いろんなところにぼろ布のような服を着た人間ばかりが居るじゃないか。この町って、大聖堂のおひざ元じゃないのか?」
 アルスの問いにエイミーは肩をすくめて、
「実際そうなのだけれどね。聖霊教会は今や守銭奴とまったく変わらなくなってしまったから、貧しい人たちにとっては聖霊教会なんてただのクズにしか見えないのよ。聖霊教会の主な信仰者は権力者や金持ちばかり。だから教会は潤うし、聖霊教会も庇護を与えられた村には、貧しい人間にならないように庇護をする。そうしてお金が循環する。けれどお金のない人間はどうなるか? ……それはもう言わなくても解ることよね」
「なんというか狂ってやがるな」
 そう言ったのはカスケルだった。
 エイミーは頷く。
「まあ、聖霊教会のシスターにとってはそんなこと関係ないようにふるまっていたけれどね。あの時は僧侶に逆らうと負けでしたもの。逆らってしまったらそれはイコール神に逆らったと同じだ……って。今思えばただのトンデモ理論だけれど」
「ほんとう、信じられないな。世界で一番力を持っている宗教団体が、裏ではそんなことをしていたとは。まあ、予想はできていたことかもしれないけれどな」
「……まあ、別に悪いことじゃないかもしれませんけれどね? 組織にとってみればリターンが無いところに供給するのは効率が悪いことです。ですから、そういう風にしたんだと思います。ただし、そのやり方が強引過ぎたってことですよ」
「とはいえ……。このまま人が増え続けていけば最終的に貧しい人間が力をもってしまえば、聖霊教会を糾弾する人間が現れてもおかしくないんじゃないか?」
「それは私も気になっていたが……だが、私が居た教会の僧侶は時折こんなことを言っていたな。『いずれ来る再生と崩壊のときに我々は備えているのだ。貧しい人間はその時に大水に洗い流され、世界は綺麗になるだろう』と」
「それは貧しい人間を汚れ扱いしている、ということか……?」
 アルスの言葉に、エイミーは一瞬躊躇してから、ゆっくりと頷いた。
「正直言って、狂っているよ。聖霊教会は。だが、狂っていることに誰も文句を言えない。誰も文句を言えない状況まで肥大してしまったんだ。だから、そのまま横暴を続けてしまう。世界を洗い流すときがいつかははっきりとはわからないが……仮にそのときが来てしまえば、自分はどうなってしまうのか……、そう思って聖霊教会に庇護を与える人間が多かっただろう。現に、貴族や国王などはそれを信じて寄付をし続けていたからね。辺鄙な教会だったけれど設備が充実していたのは、きっとこれが要因でしょう」

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