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 oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

oddⅤ -呪われし花嫁と天空城の秘宝-

最新の更新分が先頭に表示されます。 最終更新16年1月24日

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第二章 7




 次の日。
 アルスたちは予定通りパーヘルト家へと赴いた。パーヘルト家はリスカンク村の丘の上にある、屋敷に住んでいるのだという。非常に解りやすく、村人の誰かに聞くこともなかった。時折ひそひそ声でこちらのほうを見ながら話しているのが散見されたが、きっとそれは昨日カスケルが言っていたそれのことなのだろう、と勝手に思い込むことにした。
 パーヘルト家の屋敷に到着した彼らは丁重な持て成しを受けることになった。最初からそれについては一切触れていないにも関わらず、である。きっとそれを受けるかもしれない、ということを見破られたのかもしれない。アルスはそう思いながら家主がやってくるのを待った。
「あなたたちも、冒険者?」
 その声を聴いて、アルスたちは出入り口のほうを見た。
 そこに立っていたのは、深紅のドレスに身を包んだ女性だった。目はきりっと吊り上がっていて、その表情もどこか険しい。
 アルスは立ち上がり、声をかける。
「あなたは……パーヘルト家の方ですか?」
「そう。この家の家長よ。リナ・パーヘルト。よろしく」
 そう言ってリナはアルスたちの向かいの席に腰掛ける。その様子は優雅なものとは到底説明できない。どちらかといえば乱暴で、ぶっきらぼうな席のかけ方であった。
「で、質問に戻るわよ。あなたたち、冒険者なの?」
 その問いにアルスは頷く。
 ふうん、と一言言ってからリナはアルスたちを一瞥する。一人一人、顔を見てしぐさを見て容貌を見ていく。
「……まあまあ強そうね。見た目だけで判断してしまったけれど、こうよく見てみるとなんだか内に秘めた力もありそうだし。だったら、任せてもいいかもね」
 そう前置きして、リナはドレスのポケットから鍵を取り出した。
「ここに来た、ということは村人から大抵の話は聞いていると思うのだけれど、この村の東には洞窟がある。そして、その洞窟の最奥部は祠とつながっている。その祠はリスカンク村を守った英雄を称えて作られたものでね。我々パーヘルト家は代々それの管理をしている。だが、あるときからそこに魔獣が住み着いた。それもそう簡単に倒せないような、強力なやつがね。だから、そいつをどうにか駆除してほしい。これが依頼だ。お願いできるかしら?」
「もちろん。それを受けるためにここに来たのだから」
 アルスの言葉にリナは笑みを浮かべる。
「あら、うれしい。そんなことを言ってくれる旅人がやってくるなんてね。ああ、一応言っておくけれど、きちんとお礼はするわ。だから、きちんと魔獣を倒してきてちょうだいね。それで、これがその洞窟の鍵。洞窟は魔獣が出てくるから、魔獣が外に出て村を襲わないように鍵をかけているのよ。このあたりに住む魔獣よりも格段にレベルが高いから、気を付けてね?」
「承知した」
 今度はカスケルが答える。
 それを聞いて頷くと、リナは立ち上がった。
「それじゃ、お任せしたわ。終わったらこの屋敷に戻ってきてちょうだい。褒美とともに待っているわよ、それじゃ」
 そしてそそくさとリナは部屋の外へと出て行った。

第二章 6

 部屋に入ると、すでに夕食が準備されていた。
「おおっ、美味そうだな!」
 確認するまでもなく、カスケルは自席に腰かけ、パンを齧る。
「なんというか、お前はいつも通りだな、カスケル」
「ん。食える時に食っておかねばな。いざ戦いのときに腹が減っていては何もできない。そうだろう?」
「まあ、うん……。そういうものなのか?」
「そういうものだよ。さあ、飯を食うぞ。暖かいうちに食べておかねばもったいないし」
 そしてカスケルは食事を再開する。
 それを見て彼もまた、食事を始めるのだった。


 ◇◇◇


 食後。
 マリーも集めて、彼らは作戦会議を練っていた。
 とはいえ、この村にあるのは豪商の家のみ。先ほどの町であったように、まず話を聞くしか方法がないだろう。
「とはいえ、そう簡単に話に応じてくれるものかしら? さっきの場所みたいに警戒して会ってくれない可能性だってあるでしょう?」
 マリーの言葉は正論そのものだった。
「それは確かにあり得る。何も価値を持っていない、そう思われてもおかしくない連中と話をするなんて、普通ならしないだろう。けれど……もしその可能性があるとすれば?」
 カスケルの言葉にマリーとアルスは目を丸くする。
「あるの? カスケル。この状況を打開する策が」
「豪商でありこのリスカンク村の領主、パーヘルト家は村の東に祠を持っている。正確に言えば管理している、という形かな。そこにはリスカンク村を救った英雄が称えられているらしい。だから、パーヘルト家はその管理をしているらしいのだが……」
「だが……?」
「パーヘルト家の祠には、最近魔獣が住み着いているらしい。ここ最近、のことらしいからまだ駆除までは至っていない。けれど、駆除したくて仕方ないらしく、冒険者がやってくると倒せるかどうかを判断して依頼をかけるらしいぞ」
「成る程。それに乗じてあわよくばこちらの要求も呑んでもらおうって寸法ね」
 マリーの言葉にカスケルは頷く。
 カスケルはいつの間に話を聞いたのだろうか、とふとアルスは思った。ずっとこの部屋にいたが外出したことはないはずだ。しいて言うならトイレでのタイミングだろうか……。そのタイミングで話を聞いたとすれば、帳尻が合う。
「それは妙案だな。早速明日、準備を済ませ次第パーヘルト家へと向かおう」
 アルスの言葉に、カスケルとマリーは頷いた。アルスはそれを了承と受け取り、作戦会議を終了した。

第二章 5

 ギルド。正式名称を星の|冒険者連合(ギルド)という。冒険者が冒険をする最初の段階で、必ず登録する組織である。冒険者は各地にある冒険者連合の支部に一日手に入れたお金のうち一定割合のお金を納入する。それによって道具屋や宿屋、武器屋防具屋で特別割引が適用されることもあり、冒険者にとってはよく愛用されている。冒険者が持ち歩いている金色のカード、それが冒険者連合の加入者であるという証になっており、支部でも加入することはできる。
 だが、それをしたがらないのは単に加入方法が面倒だからと言った理由ではない。もっと曖昧で不確かなものだった。
「ギルドに入るのはいいけれど、それによって不利益を被る可能性があるのは否定できない。だって、ギルドって個人情報を教えるんだろ? 俺たちの旅の目的がもしそこから漏れてしまったら敵から何を受けるか解らない」
「だからマリーはギルドに加入するのを拒んだ。個人情報を提供するなら、お金が多少かかっても構わない、とね。おかげで宿屋などのお店に入ると訝しげに見られるわけだ。ギルドの会員証を持っていないわけだからな」
「でもギルドって加入する意味があるのかね? それについてはまったく解らないわけだが。……まったく、もう少し加入したいと思う気持ちを持たせるようなシステムにしたらどうだ、って話だ。あれじゃ宣伝効果にはならんだろ」
「けれど、冒険者の数は増えているよ。今や、ギルドに入らない冒険者は異端と思われるくらいにはね」
「かつてはギルドすらなかったのだぞ。それが異端と言われるなど、片腹痛い。もう少し何か考えて物事を言ってほしいものだ、その人間たちも」
「そうだったらギルド未加入者に対する批判なんて、もっと少なかったはずだぞ」
「だろうな」
 カスケルは答える。
 アルスは何を言っているのかさっぱり解らなかったが、
「まあ、要するに人間は大多数になりたがる、って話だよ。少数派に進んでなりたがる人間はいない。居ても風変りな人間くらいだよ。そこに多数派であるほどの権益を捨ててまで行く価値があるのならば、また話は変わってくるかもしれないが。……さて、そろそろマリーも風呂から出てきた頃合いだろ。食事ってあるんだっけ?」
「確かあったはずだぞ。食事代相当のお金は払っているし」
「なら猶更だ。そろそろ食事も出ているはずだろ。マリーが出ているなら急いで、出ていないなら急かすしかない。腹減って仕方ないんだよ。腹が減った状態で風呂に入ったら、猶更腹が減らないか?」
「まあエネルギーは使っているわけだしな。仕方ないだろ。……けれど、仮にマリーが出ていないとすれば、そう簡単に急かしても応じてくれるかね?」
「そこはアルス、お前の交渉力次第」
 マジかよ、と言いながらアルスは扉を開けた。
「あら、遅かったわね。二人で何を話していたの?」
 扉の前ではマリーがすでに待っていた。
 それを見て彼は小さく溜息を吐くのだった。

第二章 4

「なーにしょぼくれてんのよ。男ならしゃきっとしなさい、しゃきっと」
 その声を聞いて、彼ははっと顔を上げた。
 その声は間仕切りの向こう、女湯の方から聞こえてきたものだった。
 そして、それは誰の声であるか、アルスは知っていた。
「あなたがどういう感情を抱いているのか、はっきり言ってそれは解らない。感情は人それぞれだからね、相容れないものだってあるはずだよ。……でもね、だからと言ってそれを諦めの指標にしてはならない。しちゃいけないのよ、私たちは。私たちが諦めて何になるというの」
 アルスは何も言えなかった。
 マリーの言葉は正論そのものだったからだ。
 間仕切りの向こうから、細波の立つ音が聞こえる。マリーが温泉から上がったのだろう。
 それにしても、とアルスは考える。光景が見えないというのは、案外想像が掻き立てられるものである。音だけ、ということがある種の制約を与えているように見えて、実は想像のバリエーションを拡大させていたということになる。
「……ところでカスケルはもう上がったの?」
「あぁ、もう出たよ。あいつはあっという間だったな。まあ、あいつはいつもああいう感じだってことだよ。それくらい、マリーだって知っているだろう?」
「……そうね。確かにカスケルはいつもあんな感じだった。それはずっと変わらないといえば、変わらないわね」
 頭を洗い終え、アルスもシャワーを止める。
「それじゃ、僕も上がるぞ。まだ時間はかかりそうか?」
「あと少しだけ。更衣室で待ってもらえると助かるのだけれど」
 了解、と短く答えて彼は浴場を後にした。

 ◇◇◇

 更衣室に戻ると浴衣姿のカスケルが瓶に入った牛乳を飲んでいた。
「遅かったな。女湯でも覗いているのかと思ったよ」
「……お前、更衣室から風呂が丸見えな状況でそれを言うか?」
 そうだったな、とシニカルな笑みを浮かべてカスケルは瓶の牛乳を差し出す。ちょうどアルスが浴衣姿になったタイミングでのことだった。
「タイミング、完璧だな」
「あえて二個分買っていたからな。因みにマリーの分も購入済み。ただし女湯には入れないから宿屋の人に頼んでおいてもらったけれど」
「……宿屋ってそんなサービスやっているんだっけ?」
「いや、そんなことは無いと思うけれど? ただ、強いて言うならばお願いした、ってだけかな。安心しろ、そんな目で見なくても当然金は使っていない。というか、使っていたら怒られるのはこっちだ。それくらい理解しているだろう?」
「理解しているのならば、いいのだが。こっちだって当てのない旅なんだ。本当ならば、宿に泊まることなく野宿でもよかった」
「でもずっと野宿し続けるわけにもいかないだろ。ギルドに登録した冒険者なら未だ割引が入るかもしれないが」

第二章 3

「ああ、あったわね。確かにそんなことを言われたこともあった気がするよ。ほんとう、懐かしい話よねえ……」
「そういえばあの話って、聞いていてどう思った。アルス?」
 カスケルは蛇口を捻ってそう言った。蛇口を捻ると同時に上にあるシャワーヘッドからお湯が流れ出す。
 お湯を顔全体で浴びながら、カスケルはアルスを見る。
 アルスもまたシャワーヘッドからお湯を出して、それを浴びていた。
「聞いていてどう思った、って……。普通にそれをしていたけれど? 親は俺のことを思っているのだな、って思っていたけれど。それがどうかしたか?」
「……成る程。俺はそう思わなかったんだよ。俺はさ、それが『大人の押しつけ』にしか聞こえなかった。いや、それは言い方が良くないな……。もっと普遍的に言えばいいか、そうすると、そうだな。こう言ったほうがいいかもしれない。俺はこう思ったわけだよ、『価値観の押しつけ』だ、って」
「価値観の押しつけ……?」
「だってそうだろう? 百まで入るって誰が決めたんだよ? そんなこと、価値観の押しつけにほかならないじゃないか。だから俺は守らなかった、適当なタイミングで上がったよ」
「それは自分の価値観を曲げられたくなかったから、ってことか……?」
「そうだったかもしれない」
 カスケルは石鹸を泡立ててそれを自分の身体につけていく。タオルも借りているのでタオルを使ってもよいのだが、なぜだかカスケルは使おうとはしなかった。
 それに対してアルスはしっかりとタオルを使用した。別にカスケルが使っていないから、その対比として使っているわけではないが、これを使ったほうがより汚れを落としやすいと思ったから――である。
「まあ、別に悪いことではないのだけれどな。価値観の押しつけが結果としてより良い結果を生み出すこともある。それが価値観を押し付けた側が利益を得るものなのか、それとも押し付けられた側か、あるいはその両方なのかはわからないが」
 泡を流し、髪も洗ったカスケルは一足先に更衣室へと向かう。
 まだ髪を洗い終えていないアルスは一人シャワーを浴びながら、考えていた。
 考えていたことは簡単。これからの旅のことについてだった。
 目的のことを考えると、やはりこれからの旅は途方もないことだというのは、誰しも理解していることだった。しかしながら、こういざ始めてみると解ることも多々ある。
 無事に旅を終えることだけを考えていた彼にとって、この現実との直面は避けがたい事態となっている――と言ってもいい。
「俺は――」
 俺は、このまま進んでいいのだろうか?
 このまま当てもない旅を、微かな望みだけに縋って進んでもいいのだろうか?
 そう思う彼だが、それを気にすることなく、お湯は彼の頭に雨のように降り注ぐ。

第二章 2

「いやぁ……気持ちいいなぁ。普通に考えると、どうして温泉って浸かるとこんなに気持ちいいのだろうな。見た目はただのお湯と変わりないのに」
 アルスとカスケルは二人で広々とした浴槽を独占していた。この宿に泊まっている人間は誰も居ない。だから、今この宿の温泉は三人が貸し切っている、と言っても過言ではない状態となっている。
 アルスはカスケルの言葉に答える。
「温泉には成分が色々と入っているからな。目には見えないほど小さな粒がお湯の中に溶け込んでいるからこそ、最終的に肌から入ってくる……というのはどこかで聞いたような話だけれど」
「肌より小さい……。あぁ、身体の細胞よりも小さい、ってことか。でもそんなこと有り得るか?」
「夢があっていいじゃないか。少なくとも、僕は好きな考えだよ、それ」
 アルスとカスケルは、ぽつぽつと言葉を紡いで、それから少しして何も言わなくなった。
 この温泉に余計な言葉など野暮だと思ったからだった。
「いい湯加減だなぁ……。こんな温泉があるなんて知らなかったよ。しかも大神殿から一日かからないくらいというのも驚きだよ」
「確かにそうだな……。でも大神殿があるときはこんなところまでやってくることなんて出来なかっただろ? それを考えると、旅というのもいいことがあるのかもしれないな」
「身近なところで再発見、か。アルスらしい考えだな」
「否定はしないよ、それは一人一人の考えの中に付随する思い、なのだから。それを否定するのは野暮だよ、全く意味が無い」
 アルスの言葉に、カスケルは空を見上げる。闇夜の空に、ぽつぽつと浮かぶ星々。この辺りは明かりも少ないから、星がよく見えるという意味だろう。
「いやあ……ほんとうにいい湯加減だよ。どうだ、マリー。そっちもいい湯加減か?」
 女湯と男湯の間は間仕切りが置いてある。そのため、タオルなどを巻いて入る必要も無く、ありのままの姿で入ることが出来る。
「こっちもいい感じ」
 湯船に浸かると、彼女の胸が浮力をもってふわり、と浮かんだ。
 それを見たマリーは、少しだけ首を傾げる。
「……もしかして、また少し大きくなった?」
「何か言ったかー?」
「何で私の独り言が聞こえているのよ、この馬鹿、変態!」
「何で!? というか今のことは完全にマリーが自滅しただけじゃないか……」
「何か言ったかしら?」
 マリーの言葉を聞いてアルスはもう何も言わない。いや、何も言えない。もうこれ以上行ってしまうことで、何が待ち受けているのか――そんなことは解り切った話だからだ。
 カスケルは湯船から上がる。もうそんな時間かと思いながらも、彼もまた湯船から上がった。少し肌寒いが、その風が逆に心地よい。
「もう出るの? 早いわね」
「お前の準備が遅かっただけだ、マリー。俺たちはもうけっこう長い時間湯船に浸かっていたよ。昔の子供でいえば百まで入らないとダメ、的な話くらいには」

第二章 1




 リスカンク村へアルスたちが到着したのは。もう宵闇があたりを包み込んでいた、そんな暗い時間だった。時計――そんな高価なものは持ち歩くことはできないし、そもそも開発技術がこの国には存在しないのだが――でも持っていればまた話は別だったかもしれないが、今の彼らには時を正確に確認する術がない。
 リスカンク村は長閑な村だった。いくつかの家屋と、奥の丘に聳える屋敷。たったそれだけだ。人々が信じる神を祀る教会も、この村には立派な建物として存在していないようだ。
「珍しいな。教会が無い村なんて……。初めて見たぞ、聖霊教会に依存していない村なんて見たことが無い」
 聖霊教会。
 世界にある幾つもの宗教のうち、ほとんどをカバーしている宗教といえる。人口の実に七十パーセント以上の人間が聖霊教会の神を信じており、崇め奉っている。
 聖霊教会の教会とは、それこそ立派なものであり、たとえ村の建物が寂れていたとしても、そこだけは清潔を保ち、まるで新築であるかのように振る舞う必要がある。なぜならそこに神が降り立ち安らぎを求める場所だからだ――そういわれている。
「聖霊教会の文句は程々にしておこう。変な敵を作っておくほど、僕たちは暇じゃない」
 アルスに窘められ、カスケルは言葉を噤む。
 アルスたちは、今日はこの村に泊まることにして、宿屋へと向かうことにした。これくらいの規模の村であるが必ず一軒は宿屋がある。それはどんなに少なかろうとも旅人や商人が休憩しにやってくるためだ。
 宿屋に入ると、カウンターに居る女性が笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい。あらまあ、こんな時間まで大変だったでしょうに。場所は空いているから、荷物だけ置いてきちゃいなさいな」
「ありがとうございます」
 一礼して、荷物を部屋へと置きに行く。
 そして、荷物を置いてすっきりとしたアルスたちは再びカウンターへと向かう。
「一泊五ルクスだよ。もちろん夕食付。温泉もあるから、ゆっくりと疲れをとることが出来るよ!」
「温泉……温泉が有名なんですか?」
 マリーの問いに首を傾げる女性。
「何だい、知らなかったのかい? この村、リスカンク村は温泉で有名な村だよ。疲れが取れる温泉として有名だから、よくこの村にやってくる客も居るのさ。ただし、世界的に有名じゃなくて、あくまでも『マニアに有名』ってレベルだけれどね」
「成る程……。それは知らなかった」
 アルスは女性の話にうん、と頷く。
「さあ、どうせなら汗を流してから食事にしたほうが気持ちいいんじゃないかい? うちの温泉は男女別だから三人とも同時に入ることが出来るよ。さあ、どうだい。どうするんだい? ……まあ、別に強制はしないけれど」
「温泉か……。どうする、カスケル、マリー?」
「そんなの」
「決まっているじゃない!」
 カスケルとマリーの表情は輝いていた。
 それを見て、溜息を吐くアルス。
 マリーは単純に温泉を楽しみにしているのだろう。
 問題はカスケルだ。カスケルのほうはきっと別の、もっと邪なほうを考えているに違いない。
「どうやら決まったようだねえ」
 女性は笑いながら、丸石のような何かを差し出す。白いそれは、触るとすべすべしている。
「石鹸だよ、旅人はもっていないことが多いからね。こうやって貸し出しておくのさ。ああ、安心してくれ。前の人が使った部分は削ってあるから、変に心配する必要はないよ。それだけは言っておくから。何てったってここはマニアに有名な温泉だからねえ!」
「……そうですか」
 アルスは取り敢えず石鹸を二人に手渡す。
 そして温泉前で落ち合うことにして、マリーとアルス、カスケルはそれぞれの部屋へと向かった。

第一章 12

 その隣に立っていた少女もまた、翼が生えていた。しかしその翼は少し闇に染まっている。だから、天使か悪魔かと訊ねられれば、きっと十人中十人が『悪魔』と答えるはずである。
 悪魔の少女は言った。
「それにしてもどうしてあの連中を泳がせるつもりだい? あなたの力なら、完全に復活こそしていないにしても、簡単に握りつぶすことだってできるんじゃない?」
「利用するよ。それだけの価値がある。それだけのことをする意味がある。だからこそ、彼らにはもっと働いてもらわなくてはならない」
「あら、やだ。彼らじゃなくて……『彼』でしょう?」
 それを聴いて、ニヤリと微笑む。
「まあ、僕は悪くないよ。とにかく、彼をどうにかうまい具合に引きずり込まねばならない。それによって僕は真の力を手に入れる。それこそ――」
 世界を眺めるように。
 世界を見下ろすように、彼は言った。
「――世界を、破滅させるような力をね」
「ええ、その通りですよ。あなた様の力をもってすれば世界を滅ぼすことなど容易。それどころか、世界を新たに作り出すことすら可能になるでしょう」
「そうですね、そうですよ。私はそれくらい簡単にできる力を持っているのですよ。それくらい私には簡単にできるはずなのですよ」
 そう言って、彼はあるものを指差す。
 それは天へと延びる高い塔。
 それは、天空城へと通ずると言われている伝説の塔。
 もちろん、実際に人間がここからそれを見ることはできない。彼が魔力を使ってみているだけに過ぎないのだ。
「あの塔だって破壊することが出来るのだ……そうだろう?」
「そうですよ、そうなのですよ」
 悪魔と男の話は続く。
 その先に何を見据えているのか――それは誰にも解らない。

 ◇◇◇

 吊り橋を越えると、そこは強力な魔獣が出現する。
 それはルールのようなものであって、規律や規範のようなものに近かった。
「強い魔獣ばかり出現するようになったね……一応レベルはそれなりに上がってきたとは思うけれど、油断は禁物だよ」
 カスケルの言葉に頷くアルスとマリー。
 もう時刻は夕方に近づいていた。なぜ解ったかといえば、もう日が傾いているからだ。同時に急いで村へ辿り着かねばならないという焦りが彼らを襲った。夜になれば魔獣の強さは飛躍的に上がる。だから夜に出歩くのは自殺行為だ。熟練の冒険者であっても、出来ることなら夜は歩きたくないと首を横に振るレベルであった。
「急いで向かわないと、全滅もあり得るぞ」
「できることなら、こんな場所で全滅はしたくないね。さっさと向かっちまおう。……あ、あれは!」
 彼が指さしたその先には――次の目的地、リスカンク村から出ているであろう煙だった。



第一章 終

第二章に続く。

第一章 11

 屋敷を出て行った彼らは、そのままカルヴァスからも出ることになった。カスケルを筆頭に、アルスとマリーは首を傾げながら歩く。
「何もこんな時間に出る必要は無いんじゃないか? さすがにマリーの頭巾を知らなかった、なんてことは言わせないぞ」
 そう言ってアルスは上を指差す。
 上には煌々と輝く星があった。
「いや、悪いな。一応言っておくが、別に俺はマリーの身体のことを知っていてわざと日中に出発した……なんてことではない、ということだけは伝えておこうか。そこだけは否定しておかないと、後に響く」
「じゃあ、一体全体どうしてこんなことを?」
「そりゃあ決まっているだろ。何てったってお前たちにも関係することだからな。……」
 そこで彼の言葉は停止した。
 まるで、何かの原因で言葉が奪われたかのように。
 仮に、そうでないとすれば。
 ……いいや、そんなことはきっと有り得ない。有り得るはずがない。
 アルスはカスケルのそんな不思議な挙動を見て、そう思った。
「……どうした、カスケル?」
 だから彼は問いかける。
 だから彼に問いかける。
「いや、何か言おうと思ったのだが、吹っ飛んじまった。悪いな、また何か思い出した時にでも言うよ。今はそう、戯言とでも思っていてくれ」
「戯言」
 アルスは反芻する。
 それを聞いたカスケルは笑みを浮かべる。
「そう。何かあの商人から離れておいたほうがいい、って俺の直感が囁いたのさ。凄いだろ、それでいて面倒臭いだろう? だが俺はそれを信じた。直感は何かと俺を助けてくれる。直感は俺が信じる数少ない味方だ。だから、だからこそ、俺はそれを信じた。今はただ、それだけのことだと思っていてくれ」
「あぁ、そう思っておくよ。まぁ、面倒臭いのは確かかもしれないがな。実際問題、そう言われてしまえば俺たちは……正確に言えばお前以外の全員はその意見に反論出来ない。ある意味では最強のカードだよ、きっと」
「別に俺は、そんな意味で言ったわけではない……ぞ?」
 カスケルの言葉にアルスは微笑む。そんなこと解っているよ、と言わんばかりに。
「……ねえ、そんな男同士の友情なんてどうでもいいから、さっさと次に向かってくれない? あんたたちはきっと一生理解出来ないでしょうけれど、私はすんごい暑いのよ? 一人砂漠に居るような状態、とでも言えばいいかしら?」
「……解っているよ、マリー。さあ向かおう、次の目的地へ」
 そう言って彼らは次の目的地へと向かう。
 次の目的地は吊り橋の向こうにある、小さな農村だ。


 ◇◇◇


「人間というのは……どうして斯くも抗うのかなぁ?」
 高台からアルスたちの様子を眺める、一人の男が居た。
 男の背中には、白い翼が生えていた。そしてそれに付随するように、頭上に白い輪が浮かんでいる。
「だってあなたが取り逃がしたのでしょう? 本当なら力を復活させた時に口封じに殺すつもりだったのかもしれないけれど」

第一章 10

「それが聞きたかった」
 それを言ったと同時に、彼はニヤリと微笑む。
 そして、カスケルはその魔獣へ突進を開始した。
 突進。
 それは一番シンプルで、かつ難易度の高い攻撃方法と言えるだろう。
 相手がその間に何らかの対抗手段をとってしまえば、そこで終わりなのだから。
「……裂」
 刹那、カスケルの構えていた剣が、空を切った。
 そして、魔獣の右前脚がそれによって分断された。
「グギャアアアア!」
 魔獣は怨嗟にも似た声を上げる。
 それを見てカスケルは笑みを浮かべる。
「さあ、どうした、魔獣。もっと苦しんでみせろ、もっとあがいてみせろ! こんな簡単にやられるはずがないだろう……?」
 じりじりと一歩ずつ間合いを詰めていくカスケル。
「お、おい。いいのか、あの少年一人で? お前たちは参戦しなくていいのか?」
 グルバートは気になって、アルスに問いただす。
 アルスはそんなこと予想通り、とでも言わんばかりの表情で答える。
「ええ、現状は問題ありません。今のところはまだカスケル一人で許容範囲内と言える。まあ、これからさらに悪化していけば話は別ですが」
 カスケルはなおも魔獣に攻撃をしていく。
 確かに今の状況はカスケルの独壇場と化している。魔獣は反撃する隙すら与えられない。だが、同時にその状況はずっと続くものではないと誰しも理解していた。だからこそ、危機感を抱き次の選択を考えるのは十分な行動だった。
 だが、彼はそれをしなかった。
 倒せると――そう確信したのだ。
「これで――終わりだ!」
 そして。
 カスケルの放った攻撃が、魔獣の身体を貫いた。
 魔獣の身体は粉塵と化し、その痕にいくつかきらきらと輝く宝石が出てきた。
 魔石。
 魔獣の死体から出てくる老廃物であるそれは、人間にとって大きな価値を生み出す。簡単に言えば魔石はこの世界でいうところの金と同一だ。もちろん換金する必要もあるが、場所によっては魔石の状態で金銭の取引をする場所もある。
 魔石を拾い、アルスに投げつける。
「魔石を投げるなよ、カスケル。ヒビが入ったらどうする」
「悪い、つい癖でね。まあ、いいだろ。あんな雑魚魔獣だったが、思った以上に魔石が手に入った。楽勝だといえば楽勝だし、一先ずはそれで納得しちゃ貰えんかね?」
「……まあ、これ以上怒ることはないよ。少なくとも君は成功したわけだし」
 魔石を麻袋に仕舞い、アルスは小さく溜息を吐いた。
 そこまでのやり取りを、呆気にとられた表情で見ていたグルバートだったが、すぐに冷静を取り戻し、アルスたちに向かって頭を下げた。
「ありがとう、まさかこうも簡単に魔獣を倒してくれるとは。君たちには礼をしても尽くしきれない。今は何もできないから……また君たちが別のことで悩んでいた時、助けになれることがあったら必ず助けよう」
「ありがとうございます」
 そう言ってマリーは深々と頭を下げた。
 カスケルは剣を腰に仕舞い、道具を持って外へ出ていった。
 アルスもグルバートに対し頭を下げて、屋敷を出ていった。

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